novel

□約束の向こう側
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「今の僕の気持ちをどうぞ」
「ゆっくり寝たい」
「正解」

そう言って今開いたばかりの扉が閉まろうとして、何かに邪魔されてそれは叶わない。

「アスラン足」

眠さと面倒くささがキラの態度表情からにじみ出る。普通ならそこで人は怒るだろうが、アスランが怒らないと言う確固たる自信がそうさせて且つ本人が無自覚なのと、それを受け止めるアスランも無自覚なので、ここで何か起こるわけもない。

「俺だって眠い」

ならなぜ来たと思いつつ、眠さに負けてキラは欠伸をしながら、そのまま部屋の奥へ。それを追ってアスランは自由になった足を引いて、扉に手を掛けキラの部屋へ入っていく。
がさりと手にしていた荷物をリビングの机に置いたアスランに、ソファに寝転がったキラが問いかける。

「君だって疲れてないの?」
「お前とは鍛え方が違う、と言うより昨日はお前たちが主役だったからだろ?」

昨日は盛大なパーティだった。
オーブで催されたのは昼はカガリの表立ってのお祝いパーティで、夜は内輪でと言ってもオーブもザフトもごちゃまぜで大人数で行ったキラとカガリのバースデイパーティだった。
昼間は立場は違えど、国賓の警備として参加していたキラとアスラン。
夜は夜で友人たちとの本当に楽しい時間を過ごしたのだった。
終了時間がよろしくなかっただけで。

「皆今日は仕事だって言ってたのに…お開きになった時間考えると恐ろしいよ。さすがに皆軍属なだけあって体力はあるよね」
「キラももう少し鍛えたらどうだ」
「んー」

笑いながらそのままそっと目を閉じるキラはバースデイ休暇で、キッチン借りるぞと小さく声を掛けるアスランは本日中に報告書を1つ仕上げればそのまま休暇だ。

「朝、って時間じゃないか…お昼ご飯でも作ってくれるの?」

冗談めかして言えば、さぁな、と同じく冗談めかしたけれど落ち着いた声で返ってくる。
それに何も返さず、キラはゆっくりと深呼吸をした。
この部屋はカガリの配慮でオーブにあるキラの私室だ。ザフト所属のキラにとって、この部屋に来る時はただのキラという事になる。
その部屋で自分以外の人の気配と、かちゃりと調理器具の音が聞こえる。それがくすぐったい気持ちにさせて上がりそうな口角を誰とも何しに隠したくて、そっと手元のタオルケットで口元を覆う。
キッチンから聞こえる小さな音を子守唄にこのまま目を閉じてしまいたかったけど、なんだかそれも勿体ない気がして、昨夜の楽しい時間の疲れを残した体を起こした。

「寝てていいのに、寝癖ついてるぞ」

キッチンにたどり着いたキラの頭をそっとアスランが撫でる。

「僕の睡眠を邪魔してまでアスランが何作ってくれるのか気になって」

捻くれた言い方をしても、お前なぁと呆れたように口にはしつつ、表情は仕方ないなとキラを甘やかそうとする。

「アスランって僕には甘いよね」
「慣れだ」

元も子もない言葉が返ってくる。
それだって分かってやっているのだから互いに甘え過ぎている自覚はある。



「なんで火止めちゃうの?」
「表面焦げるし、じっくり火を通したいからな」
「なるほど」

じわじわとフライパンの上で生地が焼けていく。ふんわり優しく甘い匂いが部屋を満たすのが分かる。
これもアスランのお蔭というか、細かい作業が得意であり凝り性な性格の賜物と言うか、グラム、ml単位寸分の狂いなくきっちり計量して作業に取り掛かった。
その成果あってか既に焼けたパンケーキは少し小柄だが綺麗な色形をしている。匂いも美味しそうだ。
にしても…

「これ何枚焼くつもり?」

彼の手元にあるボウルにはまだ大量の生地が入っている。

「これが終わるまで?」
「なんで僕に聞いちゃうかな」

じゅわっとパンケーキをひっくり返す音が軽快に響いた。

「てかどうして突然パンケーキ作ってくれる気になったの?」

そうだ、きっと他にも作ろうと思えば作れたと思う。キラの誕生日を祝ってくれるつもりならケーキを買ってきてくれてもよかった。
何故?とフライパンを見つめる瞳を覗き込めば、目が合ってそのまま緩やかにアスランは瞳を細めた。

「キラが作って欲しいって。約束したからな」

優しい声が甘い空気を揺らす。
かちゃりと焼きあがったパンケーキをお皿に置いて、フライパンの火を止めて布巾の上におろす。
そんな約束しただろうか。
覚えがない驚きとアスランの声の優しさと言葉の真偽を確かめるようにぱちりと瞬きをして、視線を合わせたまま互いに動かなくなった。

「僕と?」
「したよ」
「え…」
「約束、した」

今度はアスランが確かめるように言葉を置いて、ふふっと可笑しそうに笑った。
しゅわっと生地がフライパンの上の溶けたバターと一緒に火にかけられる音がする。
もう12枚目になるのに、アスランはただ楽しそうにパンケーキを焼いている。
訳が分からなくて、キラは記憶を辿つた。
そもそもキラとアスランがパンケーキの話をしたことなど、この数年ない。
という事は甘いお菓子の話をするなんて、子供の頃しかなくて。
遠い優しい記憶を探る。
アスランと過ごした子供の頃の記憶を。

『大人になったら…』
「…パンケーキ、タワー作っ、て…」
「お腹いっぱい食べたいな!、てお前言ってたよ」

思い出したか、と、悪戯に笑うアスランがこちらを見ている。
そうだ、母さんが作ってくれたパンケーキをアスランと一緒に食べながら、それがあまりにも美味しくて、キラはそう言って母親に笑われたのだ。
そしてそれを見てアスランは、

「大人になったら俺が作ってやる、って約束した」

まだ月に居た頃、本当に子どもの頃の話だ。
だって、昨日はキラの何回目の誕生日だったと思っているのか、そんな遠い約束を覚えてくれていたなんて。

「した、ね」
「だろ」

満足そうに笑うアスランが、約束をした時に見た小さなアスランと重なる。
自信満々に、絶対キラを喜ばせるぞ、と言う表情が。
それが、それだけで、どれだけキラが嬉しかったか、そして今もどれほど嬉しいか、胸の内で感情が暴れ出しそうで、キラはぐっと口元を結ぶ。
また一枚パンケーキが焼き終わって、次の一枚へ。
その作業が幼い約束の為だなんて、何を言ったらいいのかが分からない。
なにを言えばアスランにこの気持ちを伝えられるだろうか。

「本当にアスランは僕を甘やかす大人に成長したよね」
「褒め言葉か?」
「そうだよ、ありがとうっ」

それが、精一杯だった。
だって、これ以上言ったら、泣いてしまいそうだ。



「ねぇ、アスラン」
「なんだ?」
「これ何枚焼くの?」
「年の枚数…かな」
「これ、そんなに積める?」
「文字通りのパンケーキタワーだな」

この大量のパンケーキを倒れないように真剣に積み上げる自分達を想像して、互いに声をあげて笑った。
いい大人が何やってるんだって、ただそれだけなのに可笑しくて、なのにほら早く焼きあげてタワーを作ろうとはしゃぐ。

些細な約束をたくさんしよう。
そして明日、明後日、そのずっと先、何処かで必ず約束を叶えよう。
だから今日も僕は、君にワガママを言う。

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