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□◇悲哀歌
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曇天から、深々と雪が舞い降りる。
昼過ぎだのに陽光は一切姿を見せない。
重々とした冷たい空気が屯所に深く沈んでいた。


冷気で火も灯らない。
その一室。
外気が入らないようにと襖を閉めてある。
そのせいで部屋は暗く重たい。
部屋の隅には、薬湯と血のついた布束が置かれていた。

広くない部屋の中央。
新しい畳の上に、敷き布団。
布団に横たわるのは柔らかい瞳に流れる様な黒髪。
今は軽く束ねてあるが二房ほど束から抜けでている。
驚くほど、正端な顔立ちはどこか幼さがあり町娘のような愛らしさがあった。

「土方さ…ごめ、なさ…」

出た声は掠れ、瞳の端には微かに涙が浮かんでいる。
話せば、咳き込み、血を吐く。
これの繰り返し。

「しゃべるな。総司。」

側に寄り、強く手を握った。

その瞳は切れ長に鋭い。
今は、哀の色を帯びている。
撫でつけ高い位置で結った髪は、彼の着ている黒い着物と色が溶け合い、毛先は床に垂れている。


お互いに理解っている。


もう、長くはない…。

結核に捕らわれてしまったら、今の医学では治らない、と理解っていた。

「今日…で、此処とも、お別れ…です」

視界が霞んでいく。
心のどこかで愛しいと感じていた彼の姿も霞んでいくのが最も嫌だった。

「…俺が最期まで側に居てやる」

握った手を離し、背中に腕を入れ

引き寄せる。

「いけ、ない…感染っちゃいます…」

引き離そうと、腕に力を入れても力が入らない。

「気にするな。」

顔を見る。

やはり、ぼやけている。
腕を伸ばし、頬に触れれば上から彼の手が優しく触れる。

「土方さ……みえな…みえません…今、どんな、かお…表情が、わかん…ない…っ」

悔しい。
今更気づいた想いに…
愛しい人の顔なら、表情なら病に侵されていようが見えると小さな希望があったのに。

「…見えません…っ」

「俺が、お前を見てるから…別にいい。泣くな…」


誰からも怖がられ、誰よりも人を想い、気高く、強く、優しい。

「もっ…と、早くに…気づ…きたかった…」

「何がだ?」

「男色、を…好むわけ…じゃな、いです…が……」

息をつき、見えない彼を見つめる。

「貴方が大事なことに…今更…気づき、ました…」

柔らかい笑顔。
何も汚れない、笑顔。


「総司…」


「はい、土方さん…なんですか…?」

「総司……っ」

「土方さ…泣い…て?」

触れ合う指先が何かに濡れる。

「土方さん…」


そろそろ、近い…


「貴方一人じゃ…ほんと、に心配…なんだか、ら……がんばっちゃ…嫌、ですからね…」

最期くらいは笑顔で。


ゆっくりと、瞳が閉じていく。

「ひじ…かた…さ…好き…です…」

「ああ…」

触れ合う手を握る。
不器用な彼の精一杯の答え…。

「ありがとう…」

瞳が閉じる。

触れてた指が、するりと落ちた。

「総司…総司…!」

柄にもなく、声を上げ名前を呼び、掻き抱く。


今更…本当に今更。
大事なものは失ってから気づく。

自分の愚かさに、失ってしまった悔しさに、抱く力を緩めない。

まだ暖かい体温に、いつもみたくからかっているのかと感じさせる。

しかし動かない。


「総司…」


また、抱く力を強くした。


降り続く雪は、ようやく止んで雲の切れ間からささやかに陽光が光る。

どこかで眠っていた鳥たちの囀りが響き始めた。


暗い部屋も、襖越しに光がさした。
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