07/11の日記

22:07
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回された腕の力が弱まったが、その分こちらがぎゅうと抱きつく。
話を聞いて、胸は痛んだ。仲間を失うつらさなど、とうの昔に味わった身だ。しかしそれをこの恋人は、随分と未熟な時に経験したのだ。

「…俺だったら、死んでたなあ」

ぽつりと落とした呟きに、完全にリヒターの腕から力が抜けた。
あ、引かれたか。
悲しくもなんともない思考でぼんやりとリヒターを見上げた。表情はこわばっていて、引いたというよりはどうしてかつらそうだ。
大切な人を目前で失った。心身には深い傷が残った。共通点は意外にもあったが、決定的な違いはひとつだ。
彼は死んだ友のために戦おうとしたが、自分は逃げようとしたのだ。
そりゃ俺は一度死んでるけど、でも、それでも何度も逃げた。
その心中が現れ出てしまっていたのか、リヒターはさらに顔を歪めた。

「…すまない」
「何謝ってんの、必要以上に謝るなーはあんちゃんの口癖でしょ」
「…あんたの大切な奴ばかり、ここにいないから」

酷くつらそうな表情から漏れたのは、彼にしては珍しい弱音だった。
目を丸くしたレイヴンは、すぐにむっと目を細め、むに、とリヒターの頬を摘んだ。

「何言ってんの、お前の目は節穴かって」
「…それは俺の真似か」
「何でもいいの。…でも本当にあんちゃんの馬鹿」
「いっ、」

ぐいぐいと引っ張ると、さすがのリヒターでも悲鳴が漏れた。なんとなく可愛らしくて笑っていると睨まれたが、レイヴンはその視線ごとリヒターの頭を抱きしめた。

「俺、一応あんちゃんのことすっごい大切なんだけど」

見なくても分かる。リヒターは息を詰まられた。
しかしーすぐにふっと笑い声が響いた。そして、するりとレイヴンの腕から抜けると、逆にレイヴンの体を自分の膝上へと抱え上げる。いとも簡単に行われた行動に「どんな筋力してんだ」と思わず体を見ようとするも、視界は最愛の男でいっぱいになっていた。
時間にして数秒。わざとらしくちゅっと音を立てて離れた唇に惚けている俺に、リヒターはそれは嬉しそうに笑った。

「俺もあんたが大切だからな。今度は、きちんと守れるように努めよう」
「う、っわ」

突然の口付けと告白に恥じらう暇もなくレイヴンは再び抱きしめられた。
腕の中で感じたのは互いの鼓動。どちらも、早い。
…生きてんだねえ、ちゃんと
今までにも何度か感じたことなのに、どうしてだか今日は、よりあったかかった。

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20:53
リヒレイ
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不意に見えた男の背中には、大きな傷があった。それも、重ねてつけられたらしい、二重の。
普段の彼の背中は、特有の長く跳ねた髪ときっちり着込まれた服が邪魔をしていて、そう言えば一度も見たことがなかったのだと思い出す。

「あんちゃんてば、その背中どしたの」

リヒターがその長い赤髪を結いているところで湯の中から声をかけると、彼は明らか居心地が悪そうに顔をしかめた。
あ、まずった?
レイヴンが軽い後悔を覚え出したのとほぼ同時、じゃぼんと荒々しく隣にリヒターが座った。そのせいで「わっぷ」と反射的に目を閉じてしまう。

「子供みたいだな」

無論リヒターにはばっちりと聞かれた。
誰のせいだっつの…
レイヴンは薄く笑う男を無言で睨みながら、再び同じ問いを発した。

「背中、どーしたのよ」
「…古傷だが」
「見りゃ分かるわよ。何で付いたか聞いてんの」

手の中で湯をゆらめかせる。それはまるで心中を表すように、無駄に波打って見えた。

「…まあ、言いたくなきゃ無理には聞かないけど」

背中の傷跡は、随分と大きかった。しかも古傷など、いい思い出があるものではない。少なくとも自分はそうだ。
何となく問うた自分が後ろめたくなり、レイヴンがそう付け足すと、リヒターは「いや」と首を振った。

「あんたの事は聞いたことがあるのに、俺だけ話さないのは分が悪い」

あんたの事。ずきりと反応したのは左胸だった。
この隣の青年ーリヒターと自分は、どうしてか恋仲と呼べる間柄にある。言うまでもなく、どちらも男だが。
そして既に、彼にはほぼ全てを話してしまっているのだ。この仮の心臓のことも、あの戦争のことも、かつて尊敬していた男のことも、そして初めて憧れた彼女のことも。
まあ、正直な話(言うのも何だが)互いに、かなり惚れてはいるから、そういった話をするのは自分としては全く苦ではないのだけれど。
そういえば、俺が話してるばっかだったなあ…
ちらりと左手を見やれば、これはこれは水も本当に滴る綺麗なお顔。一瞬ぽけっと見惚れてから、レイヴンはこてんとリヒターの肩に頭を乗せた。

「だったら我が儘言う。あんちゃんのこと、全部教えて」

返事は、返ってこなかった。ただ、湯の中でそれよりもあたたかい手が、ぎゅっとレイヴンの手を握った。掴んだという表現の方が正しいほど、それは強く。
自然と流れる沈黙を置いて、リヒターはゆっくりと口を開いた。



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一つ目の傷は、友人の仇に付けられたもの。二つ目の傷は、その仇に関連のある者を追っていた時につけられたもの。それからリヒターの話は友人の話へと移り、更には彼の生い立ちにまで遡った。
非難を受けたとは聞いていたが、まさか父母を失わされた上監禁にも近い状況下にいたとは。
レイヴンは無言でー配慮のつもりもあったが、それよりも上手く言葉がまとまらずそうなったー頷き、リヒターが口をつぐんでからやっと重たい声を上げた。

「若いのに、大変ねえ…」
「あんたに比べたら、失ったものは少ない」
「それ言われちゃおしまいだけど…おっさんは35年間のうち15年ちょい悩んだけどさ、あんちゃんは…何つったらいいの、それより長く辛かったじゃない。18年?」
「生まれた時から数えると、それくらいか」
「…おっさん、そのくらいのころは遊んでたわよ」

たはは、と苦笑すると空気は暗くなった。そして重い。とてつもなく重い。
いたたまれなくなり頭を体ごとそっと離すと、不意に掴んでいた手が勢い良く離れ、すぐさま体が褐色の腕に抱きしめられた。

「あ、あんちゃ…」
「あんたに比べたら、俺は本当に子供だ」

どしたの。問いかけようとしたのに重なって、低い声が聞こえた。語りかけるというよりは、まるで独白のような。
更に言葉は続く。

「俺の傷は、でかいが…あんたのに比べたら、重みなんてちっぽけだろ」
「…おっさんの物質的に重いし?」
「そういう意味じゃない」

笑って割り込むと、きっぱりと切られた。抱く腕に力がもっとこもる。身長差もあってか半ば肩に顔を埋めるかたちになりながらも、不思議と不快ではなかった。
「…ごめん」と小さく謝り、レイヴンもリヒターに腕を回した。

「あんちゃん、そのお友達、すっごい大事だったのね」
「ああ」
「でも、いなくなった」
「…ああ」
「…おっさんとあんちゃんって案外似てんのかもねえ」

今度こそ笑っても、リヒターは何も言わなかった。

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