05/04の日記

01:36

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「でも嬉し泣きしてたやつも多かったさ?特にリーバー」
「それが馬鹿だっつってんだろ」

本心だった。馬鹿だ。そんなことでいちいち歓喜するか、普通。
…だが、考えてもみれば“ここ”は普通ではないのだ。
モヤシやリナリーらにある怪我の痕は、恐ろしい戦場を物語っている。血生臭い、不気味なほどの風景を。
その中でのパーティーというくだらない一場面は、彼らにとってどれだけの喜びなのか。
いつの間にか神田は、明るい広間に顔を向けていた。自分でも気がつかないうちに。
それから、ぽそりとつぶやいた。

「たまには、いいか」
「へ?」
「飲んでやる。食うのは蕎麦だけな」

ラビはというとぽかん。まさにその表情。しかしそれもすぐにニヤリとした卑しいものに変わって。

「なんさなんさ、ユウちゃんてばちょいと感動したとかそんな?」
「馬鹿兎は黙ってろ。…ただ喉が渇いただけだ」

ちっと舌打ちをかましてもラビはへらへらと笑うだけ。呆れたように溜め息を漏らしつつ、神田はブーツを進め始める。
が、またも腕をラビに掴まれ、制止せざるをえなくなった。

「…何だよ」
「でもあんま酔っちゃダメさ、ユウちゃん酔うとマジ色っぽいから出来れば飲まないでほしい」
「知らねェよ、つーか第一呼んだのはテメェだろうが!」
「あれはみんながオレに連絡させたんだもーん」
「…どういうことだ」
「他の誰より、オレが呼んだ方がユウは動くだろうって」

訝しげに問うてみると返ってきた笑顔つきの答えが、これ。思い出してみれば、騒音の中でも自分を呼ぶラビの声をきちんと聞き取ってしまった自分の耳。じわりと熱が顔に集まる。
…まんまと来てしまった自分が恥ずかしい。
暫く黙り込んでいると、掴まれたままの腕が再びぐいと引かれた。自然と傾いた先にあった唇に同じものが重ねられると、迷いなく近距離でぎろりと睨み付けた。

「…エロ兎」
「キスくらいでそりゃないっしょ」
「くらいで、とか言うな」
「恥ずかしい癖にー、って」

けらけら笑うラビを殴ってから(言うまでもなく遠慮も考慮もない)、神田は再びすたすたと歩き出した。
ふと、背後から次いでゆっくりと足を進めたラビが、独り言のように話し出した。

「誰も死ななかったんさ。誰も。オレもユウももちろん」
「……」
「コムイからパーティーやるつて聞いて、なんか、真っ先にオレ達死ななかったのかって思っちゃって」
「……」
「変さね、別に一緒に任務も行ってないし、てか顔合わせるのも久し振りな気がするし」
「……」
「…でも、ユウもちょっとは喜んでさ、死ななかったってこと」

神田の後ろ髪へと続くような呟きが、やけに寂しそうで。

「…これでも喜んでんだよ、だから飲むっつったんだ」

何気なく吐息ほどの返答をくれてやれば、何を見ずとも分かる、ラビはくすっと笑った。
神田が広間へ入るなり、多くの視線が集まった。
いつもなら横を通っただけで嫌そうな顔をする捜索部隊の男たちも、今日だけは笑って。
モヤシにリナリーにコムイにとぞろぞろ人が集まってくる中で、

神田はそっとラビを振り返った。
彼と触れ、即座に渇いた唇を一瞬だけ舐めて、
馬鹿みたいに嬉しそうに笑うそいつに一言、バカ、と伝えてやった。

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01:08
はふわ。
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奇声あるいは叫び声を発しては群がる人。鼻を通り抜けるだけで酔いそうになるほど充満した酒の匂い。腹がもたれそうなほどに甘ったるい菓子の香り。
目前にあるのは明らかパーティーと呼べるものだった。
神田の、大嫌いな。

「………………」

煩い熱いぶっ殺したい。
今の己の心境を25文字以内で表せと言われたら、即刻でこう答えてやるだろう。
ちょうど影になった柱の奥から、神田は広間を大いに睨み付けていた。
何だこれは。中にはラビにリナリー、モヤシとクロウリーにミランダそしてマリにチャオジー、果てにはコムイらまで。見知った顔という顔が揃っているではないか。
はて、と神田は首を傾げた。神田をここに呼んだゴーレムも(といってもそこから発せられた声は何を言っているのかがやっと聞きとれるほどはちゃめちゃで、今思えばこの騒がしさが原因だったのだろうが、何故気付かなかったのか。2分前の俺が憎い。)頭上でぱたぱたと、どこか間抜けに浮いて見える。

今日は、may 4th、つまり5月の4日だ。
誰かの生まれた日だとは聞いたことすらない(最も俺が誕生日を覚えているのはラビとせいぜいリナリー、あと本当は忘れたいくらいのモヤシのものだけ)のだが。
しかし、食った呑んだ呑まれたにまみれた空間は、何かを祝っているようにしか見えなかった。
……ほんと、なんの祝いだよ。
自分の中の僅かな知的好奇心が揺れ動くも、この騒がしさに突入することと天秤にかけたら、圧倒的大差でそれは潰れる。
よし、帰ろう。
くるりと神田が長髪を揺らし、影を奥に進もうとした瞬間ー


がしりと腕に圧迫感。更に立て続けに背後に物凄い勢いで引っ張られた。
反応すら、できないまま。

「な……?!」

振り向く暇もなく、どんと背中が何かにぶつかった。だが壁ではない、このあたたかさとやわらかさ。
背後の気配に反応できなかったのは、多分、神田を引っ張った主に原因がある。

「なーんで呼んだのに帰っちゃうんさ、ユウちゃんてばー」

下手に間延びした声と、赤ら顔。漏れる吐息も僅かに酒くさい。
自然と頬が引きつるのを覚えながらも、神田は己をここに呼び、なおかつ今現在帰るのを制止させやがった本人を見上げた。

「ラビ」
「んむ、帰っちゃヤさ。せっかくだから食ってくさ、お酒もあるし」
「うぜェし臭いんだよ、お前。勝手に食ってろ」

遠慮も考慮もなしに腹に肘打ちを叩き込む。
普段より何倍も眠たそうな眼をしたラビがぐえ、と悲鳴を上げ共に緩まった手からそそくさと脱出すると、神田はふとよぎった疑問を口にした。

「これ、なんのパーティーだよ」
「ひどに肘打ちただぎごんどいでそれさ…?」
「自業自得だろ。つーか結構入ったな」
「…肋骨いひゃい…」
「ンなことより早く教えろ」
「………」

やや睨むような片目の視線を受けるも神田はふんとそっぽを向いて。
ラビもそれ以上は特に突っ込まず、ほんと僅かに真剣な微笑を浮かべ、パーティーを見渡した。

「今日の任務では捜査部隊が誰も死なずに帰ってきたんさ」
「はぁ?」
「この記録、俺の記憶では最後に更新されたのは2年前の7月さ。実に1年10ヵ月ぶりってこと?」
「ちょっと待て、それだけか?」
「あと次いで言うならアレンが任務先の街にいたお嬢様を助けて一目惚れされたらしくてさっき大量に花が送られてきて」
「だから…」
「あとリナリーが盗みをしてたっつー男を捕まえたか気絶させたかで警察に大貢献して」
「それだけかっつってんだろ!!」
「うん」

神田を向いたラビの言葉はやけに力強くて。
怒鳴り声に近しい声を上げた神田自身が、ぐっと詰まり、固まってしまった。
このパーティーの起因は、捜索部隊が誰も死ななかった、ただそれだけのこと。
妙にあっさりしたことに、神田は決して満足げではない口調で吐き捨てた。

「…馬鹿みてぇだな」
「結局なんだかんだとってつけて、騒ぎないんしょ、みんな」
「……」

とってつけた理由。それをもとに馬鹿騒ぎを繰り広げる者の顔は、全て笑顔で埋まっていた。
だれも、しななかった。

「実際その理由けっこー珍しいことではあるけどさ、んなこと言ったらそんな理由山ほどあるわけさ」

頬に大きなガーゼをつけたモヤシがいる。足に血の滲んだ包帯を巻いたリナリーがいる。フードをかぶらず晒された顔には切り傷の刻まれた捜索部隊の男たちがいる。
彼らは全員笑っていた。

「こないだのパーティーは新しいイノセンスが見つかったって理由で、そいでその前はコムイが一回も寝ずに仕事を終わらしたって理由」
「…アホだろ」

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