廃屋の少年は夢を見る

□7話.アリバイ、時と力と傷
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五月蝿い五月蝿い、静かにしてくれ。
朝だというのに、学校には奇妙な甲高い音が鳴り響く。
五月蝿い五月蝿い、止まってくれ。
音だけでなく、赤い閃光も回転し、度々光の目を襲う。
神華と共に学校に来ればこの様だ。パトカーと呼ばれる黒白の乗り物ー車。
そしてその陰には、青いシートを被せられても尚、地面に赤を垂らし流し続ける、死体。
それが昨日光に寄ってきた志倉木綾乃だと知ったのは、HRの時だった。


7話.アリバイ、時と力と傷


「今日はそれに伴い、警察が出入りする。事情聴取も行われるらしい。明日には通夜も行われるから、皆参加するように」

話し終え、教卓から職員机に移った担任には、覇気が無かった。
周りの生徒達も、いつもの雑談は啜り泣きと怯えた会話に変わり、笑顔など見られなかった。
志倉木綾乃は容姿端麗成績優秀、態度も性格も良く、おまけに地位もグループの後継ぎ。
先生や生徒からの信頼も厚く、彼女が殺される理由など全く無い。
そう思っていた生徒に紛れて、光は悲しみも怒りも無かった代わりに、どうしようもない嫌悪感に苛まれていた。
昨日、光が最後に見た綾乃は保健室に運ばれる時だ。
彼女を運んでいたのは、亜沙だ。
亜沙は先生がいなかったからと言っていた。
だがそれが、もしも嘘だったらどうなる?
彼女をひとりにして殺すことなど、容易いのではないか……?
横に座る渦中の人間、亜沙は悲しんだ様子などではなかった。完全なる無表情。まるでそれは昨日神華達を嘲った綾乃のそれのような。
勿論亜沙が犯人だと信じたくもない。そもそもその動機だって検討がつかない。
神華や、俺の友人なのだから。
これも人間らしい感情なんだろうか。名前で表したかったが、こればかりは辞書の引き方すら分からなかった。


あっと言う間に時は流れ、放課後。
今日は弁当を上守が光分も作ってくれたというのに、あまり喉を通らず残してしまった。
放課後の教室に残ったのは、光と、美咲のみ。
担任が朝言っていた事情聴取なるものが、神華と亜沙に向けられたのだ。
以前から被害者と不仲だった少女と、被害者を最後に見たとされる少年。
もう20分は帰ってこない二人が、このまま帰ってこないなんて事がないように。光は口を紡いだまま時計を睨んだ。
いつもの明るい笑顔も消え失せ、目元にハンカチを当て震えている。思えば、朝からずっとこうだった。

「……美咲?」

この数十分で初めて発した言葉。普段より彼女の瞳は大きく反応した。

「ひか、くん……」

しかし上手く喋れないらしい。痙攣のように何度も跳ねる喉のせいか、言葉が途切れてしまう。
美咲の隣の席に移り、背中をそっと擦る。

「無理に話さなくてもいい、から」
「でも、わ、私」
「……うん」

美咲は必死に何かを伝えようとしていた。今話さなければいけないかのように。
背中を撫で続ければ、少々落ち着いた。光の無言の促しに身を任せ、まだ跳ねる喉から声を絞らせた。

「わ、たし、綾乃さんのこと、好きだった」
「…うん」
「でもみんな、昨日、こわかった、から」
「…うん」
「わたし、は好きなのにって、言えなかった。こわかったの、き、らわれちゃうんじゃないかって」
「…うん」
「私、神華ちゃん、好きだもん。強いしきれいだし、何だって出来て」
「………」
「それは綾乃さんもおんなじ、だったのに、昨日、わ、わたし、鈴原さんみたいな子供って言われて……」
「…ショックだったのか」

光が先回りしてやれば美咲はこくこくと数回頷き、それからはただひっきりなしに涙をハンカチに濡らすだけ。
それしか出来なかったが、恐らく彼女にはそれが一番効果的なのだろう。
彼女にとっての憧れの死。それを変に悲しめば別の憧れから嫌われてしまうかもしれない。
光だけがいるこの時にしか言えないと思ったのか。ならばと、光は涙を促すように撫で続けた。


神華が戻って来たのはそれから10分後。
泣いていた美咲の頭を撫で、光と同じように泣くのを止めさせなかった。
綾乃を嫌ってはいるようだったが殺されるまではないんじゃないか、と不機嫌そうにした彼女の瞳もまた、滲んでいた気がする。
神華が戻って来なかった30分間。何かあったのだろうか。

「わたしは何もなかったよ。アリバイは上守が証明してくれたから。携帯でね」

神華は何も無かったらしい。取り敢えず安堵の事実に光と美咲は胸を撫で下ろした。
しかし、もうひとりは。

「亜沙は?」

返ってきたのは、無言。
まさかまさかと当たってほしくもない予測が、幾つも脳裏に浮かんだ。



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