廃屋の少年は夢を見る
□6話.殺意
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[殺意-さつい]人を殺そうとする意思。
引用.goo辞書
空いた休み時間。教室にあった辞書を手にし、読み始める。
神華の家にあったものと違うためか、語句の説明や語句そのものも違った。
その内、昨夜読んだはずの語句のひとつが目についた。深夜辺りに読んだせいか、記憶がない。
殺。この文字はどういう意味だっただろうか?
光はまた、パラパラとページを捲り進めた。
6話.殺意
「光」
呼ばれた。反射的に見上げれば、亜沙。
今までは神華しか“光”なんて呼ばなかったからなあなんて考えつつ、辞書を閉じた。
「どうかしたか?」
「もう昼だぞ。食べないのか」
「…………食べる?」
「まさか、それは教わってないと?」
光が頷くのを予想済みだったのか、亜沙は問い掛けてから直ぐ神華に振り返った。
「おい、弁当はあるのか」
「………」
「聞け、光のことだろ?」
「あーはいはい、ないですよー……ないんだよ畜生ー……」
ぱたりと神華は机上に倒れ込んだ。倒れ込んだので心配したが、気分が悪いわけではないようだ。
しかし弁当とは。辞書を開こうとすると、遮られた。
「持ち運べる食べ物の入った容器そのもののことだ」
「へえ……」
「それを持ってきていないということは、何も食べられないんだぞ?」
「食べられない?」
きょろきょろと見渡す。部屋の中にも外も、食べられそうな果実や木々は、ない。廃屋で寝ていた時は、何処にだって果物があったのに。
学校というところは不便なのか便利なのか、よく分からなくなった。
頭は混乱し始めたが、何も食べられないのは一大事。記憶がなくとも本能的に食べ物がないというのが危うい事だと分かっていた。
どうしたものかと亜沙と共に唸っていると、遠慮がちに背中がつつかれた。
この感覚、覚えて間もないはずなのに、彼女には触れられたことすらないはずなのに。
光が振り向いた先には、思った通りの顔があった。
「こ、神華さんもごめんね、それと、光くんに亜沙くんも……」
「美咲」
「おっ、覚えてくれたの?!」
手に持った袋をがさりと鳴らして、美咲はあからさまに驚いた。名前を呼んだだけでここまで反応されるとは。
驚きは何故か嬉しそうでもあり、怯えてもいて。
その声に反応した光の友人達は、同じように此方を向いた。
「鈴原さんじゃん」
「う、うん、ごめんね……」
「なんで神華さんなの?」
「へ、あ?」
「いつもは神華ちゃん、じゃない」
「…さっき、こ、神華…ちゃんが、嫌そうだったから」
美咲は言いにくそうに俯いた。
それはそうだと光も頷く。神華は「あんたなんかにちゃん付けされる覚えはない」と罵ってまでいたのに。
まるでそんなことは無かったと言わんばかりに神華は優しく、優しく笑って。
「わたし低血圧なの。朝弱いから機嫌悪かったのかもしんない」
「じ、じゃあ、神華ちゃんでもいいの?」
「ならわたしは美咲ねー」
休み時間、辺りで話を散らしていた女と何ひとつ変わらない声のトーンで二人は話し出した。
これはまた、別の“神華”だ。光は思った。
彼女特有の違和感。唐突に変化する雰囲気。
光は既に慣れかけてしまっているが、他人はどうなんだろう、と亜沙を見上げた。
すると視線がかち合い、
「樫奈はいつもこうなのか?」
「俺は昨日からしか見てない……から」
「俺が知る限りでも明らかにいつもと違う」
亜沙が知る限りというのはどのくらいの範囲なのか。気にはなったものの、意識をもっていかれる部分が別にあった。
いつもと違う。
それはもしかしたら、自分がいるせいか。“藤田光”がいるせいではないのか。
一度だけ、どくりと心臓が脈打つ。一瞬苦しくなったがそれも直ぐに治った。
神華は、どうなってるんだ?俺は俺といる時の神華しか知らない。なら、俺のいない時の神華は……?
光が唯一信用し利用出来るはずの少女。否、信用し利用しなければならない少女。
自分にとっての唯一の支えに混乱され、心なしか視界が揺れた。
「鈴原は何しに来たんだ?」
光が無言で考え込んでいても散策をしてこなかったのは亜沙の気配りか。
代わりに、前の席で話し込む女二人に割って入った。
亜沙の問いに美咲は酷いほどに飛び上がって。
「いっけない、忘れてた!神華ちゃんと話してるのに没頭しちゃったんだ……」
「話合ったしねえ……ごめん、それでどうしたの?」
「うん、さっきお弁当がどうとか言ってたから……はい」
かさりと揺れる袋。中には、更に包まれた食べ物。
「一緒に食べないかなっ、て」
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