amorfrater

□其の陸.CDショップで剣道部員とマネージャー。
3ページ/3ページ


「あ、あの、白夜くんのお兄さんですよね?」

そろそろ帰ろうかな。そう思いかけた時、沙奈が銀兄を見上げた。
された側はというとだらりと首を傾げ、

「うん、そうだけど?」
「あの……お名前は……」
「銀」
「銀……ああ、やっぱりですか」

やっぱり?ふいに目を合わせた俺と銀兄をよそに沙奈はひとり納得した。

「いえ、なんでもないんです。あ、今日は私用事があるので帰らせていただきますね」
「え、うん」
「白夜くんも有難う。また明日ね」
「あ……また明日」

呆けている間に沙奈はそそくさと立ち上がり、手を振って去って行った。
ぽかん。間は数秒あるかないか。

「……何だったんだ?」

沙奈は銀兄を知っていたようだった。何となく、そう思う。
しかし銀兄はというと、無論知った様子ではない。
ただ、沙奈の去った方向を何時までもぼうっと見つめて。

「……あいつ……」

小さく、呟いていた。

「え、知り合いなのか?」
「………」
「兄さん!」

話し掛けても、まるで気付いていない。叫ぶようにすれば、肩を跳ねさせて、やっとへらりと笑った。

「ああ、御免御免。ぼけっとしてた」
「何、まさか知り合いなわけ?」
「まさか。ただ、ちょっと似てたんだよ……昔の知り合いに」
「?」
「いーよ、気のせい気のせい」

ぽんと頭に置かれた手は、はぐらかしているようで。
何か隠してる。気付きはしたけれど、散策する気もなかった。
なんだか、知っちゃいけないことなような、気がしたから。
だから、目は合わせられなかった。





「そういや買いたいもんは買えたわけ?」
「ふふ、予想以上の収穫。帰ってから一緒に見る?」
「…何買ったの」
「痴漢電車」
「死ね!!」

そろそろ約束の時間。フロアの移動中、いつものたわいもない会話を繰り返していた。
その途中。
……あー、ちょっとトイレ行っとくかな
唐突にむずりと疼いた下腹部。食事中に席を立つのは良くないだろうし、一応だ。

「ごめん、ちょっとトイレ行って来ていい?」
「ん、何、俺と一緒に居て発情しちゃった?」
「ばっ……本当にあんた死ね!」

とんでもない事を軽々言ってのけた銀兄を気持ち強めに殴ってから、手洗い場にずかずかと向かった。
は、発情とか、あの兄貴いつか殺す……!
赤い顔を行き交う人に見られないようにと、数少ない個室へと逃げ込んだ。
トイレ内は人が少なかったものの、数人はいる様子。周りに響かないように大きく息を吐いた。
ほぼ同時、だった。


「ん……ッ」


……え?
聞こえてきた声に思わず顔を上げる。
今の声は、俺のものではない。多分隣の個室からだ。
そして何より驚いたのは、声に聞き覚えがあったこと。

「っふ、ん……」

そしてもうひとつ、声に淫らな色がしたこと。
……っ?!
思わず耳を押さえた。それでも静かすぎる耳には嫌でも響いて。
ちょっ、あれか、トイレでするとかいう……?!
慌てて飛び出そうとした、その時だった。


「っ……ひ、ひろ、少し激し……」
「ん?これくらいでもう駄目なわけ?白って案外可愛いな」


……ひろ?白?
聞き覚えのあるふたつの声。記憶にあるふたつの名前。
全てが一致した。

何で、何で、何で何で、
“弘兄”と“白兄”がふたりで、“何”をしてるんだ?
高まりかけた熱が、嫌に、すうと冷めていった。


Next.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ