廃屋の少年は夢を見る

□6話.殺意
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美咲が持って来たのは、パンという小麦から出来た食べ物だった。匂いは甘く香ばしく、そしてふわふわしている。
一言にパン、と言ってもその種類は豊富で、同じ小麦から出来たとは思えないほど様々な色、形、硬さ、匂いをしている。
その内、光が匂いで気に入ったのはまわりが黄金色ばかりであるのに、ほぼひとつだけ白く丸いパン。
まわりの黄金色のパンよりも甘い匂いがして、表面がさくさくと歯ごたえが良さそうだったのだ。
付け加えて説明するならば、表面に刻まれた模様も可愛らしいというか。

「光、メロンパンにするの?」
「メロンパン、っていうのか」
「そだよ。メロンって光分かる?」
「ああ」
「ちょっぴりメロンの果汁が入ってたりするの。でもって、メロンに似せた模様なんかついてるからメロンパンっていうんだよ」
「……へえ」

口にしてみれば、見た目と触感通りの歯ごたえ。さく、と噛んだ中身はふわふわで、そこは他のパンにも引けを取らない。
何より甘さも予想通り。神華の教えてくれたメロンパンというものは、存外光の口に合ったようだった。
神華が食べているのは、サンドイッチと袋に書かれたもの。それもメロンパンと同様に白かったが、甘さはなさそうだった。
彼女の隣にちょこんと座る美咲は、あんぱん。見た目は他にあったジャムパンなんかと同じなのだが、中身が違うらしかった。
たったひとり、弁当の白飯を口にする亜沙は彼女ーうち、神華を光の隣からしげしげと眺めた。

「樫奈、お前弁当は」
「あるよ」
「なら何故食べない」
「だって光がパン食べてるもん。わたしだって食べたい」
「……理屈にかなってないぞ」
「あ、亜沙くんも食べる?お弁当で足りなかったら……どうぞ」

美咲の持つ袋には、あと3つほどパンがあった。聞いた話、学校の中にある売店なるもので早いうちに買っておいたらしい。
この量は光達と一緒に食べることを予測していたのか。どちらにせよ、光には有り難かったが。
亜沙はそれらと弁当を見比べ、溜め息を吐いた。

「……後でジャムパンを貰う」

聞いて、美咲はふふっと笑った。

「了解しました」

何気ない会話。何気ない日常。これが神華がいつも過ごしている空気なのか。
最後の一口を口に含むと、光は太陽の照る空を仰いだ。

仰いだ時だった。キィ、と錆びた音がして、扉が開かれた。
4人が一斉に視線を送った先には、見ただけで美しいと思えるような女性。しかし服装から同じ学校に通う生徒だと分かる。どうしたのだろう?
彼女はかつかつと此方に歩み寄って来る。どうやら目的は、光らしい。

「藤田光くんよね?」

目の前に屈み込んだ女ーいや、少女かーはにこりと笑う。
光以外の視線、特に神華が睨み付けているのにも気付いている様だが、微動だにしない。

「あんたは?」
「志倉木綾乃よ。隣の組の学級委員なんだけど」
「…悪いけど覚えてない」
「もちろん知ってるわ。大丈夫よ」
「それで、何か用事か?」

にこにこと笑うだけの綾乃は、綺麗ではあるが何処か気味が悪い。早く話を切り上げたかった。

「そんな購買で買ったパンなんて食べなくてもいいんじゃないかと思って」
「どういう意味だ?」
「はい、これ」

綾乃が差し出したのは、布に包まれた箱。
箱、という単語が脳内で直結した。

「弁当?」
「当たりよ。これ、あげる。私が作ったの。パンなんかよりも栄養だってあるし、味も負けないわ」

言う通り、パンひとつよりも沢山の具材の入る弁当は美味しいかもしれない。
そんな考えがよぎった瞬間、かっと熱が登る。自分を殴りたくなった。
出来ることなら、自分だけでなく、この少女も。

「……何でそんな言い方するんだ」
「?」
「お前さっきから、“なんて”とか“なんかより”とか、そんなことしか言ってない」
「………」
「文句があるなら来るな。俺は、此処がいい」

初めて、自分できっぱりと言い切れたと思う。
完全に断ち切られた綾乃は特に気にした様子もなく、すんなりと立ち上がった。
それどころか、感情の抜け落ちた表情で罵倒まで口にし出した。

「そう、光くんも相当変わってるわね。以前から思っていたけど」
「そうか?」
「えぇ、樫奈さんに鈴原さんなんて子供と一緒にいるなん、て」

勝ち誇ったような笑み。人を嘲るような笑み。
それが自分ではなく神華らに向けられていると気付いた時には既に、破裂音が響いていた。
しかし光は動いていない。動いたのは光ではない。


「黙って聞いていれば、聞き捨てならない事ばっか吐いてんじゃないわよ」



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