廃屋の少年は夢を見る
□1話.廃屋の少年は夢を見る
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記憶は断片的にしか持ち合わせていない自分の夢で殺された少女。
少女は名乗る前に自分を“光”と呼んだ。そして自分は死んだと聞かされたーと。
つまり自分は死んでいるのか?ならば此処に存在している自分は何だというのだ?
分からない。何もかも全てー……
「…分からない」
「え?」
「……お前は俺を知ってるのか?俺はお前を知らない。でも知っている。でも俺は俺のことも知らない。だから分からない」
「……ちょっと待ちさいよ」
ふっと少女の雰囲気が戻った。活発そうな、喧嘩っ早そうな少女に。
ぴくりとも笑わないで眉間に寄せられた皺から悩んでいる様子が伺えた。
悩みに悩んだ末、少女はぽんと手を打った。
「ああ、光てば記憶喪失なのか」
「……何だ、それは」
「まさか記憶喪失という言葉すら記憶喪失?!わあ、これって新たな発見かも!」
はしゃぐ少女に光は首を傾げた。
記憶。喪失。それぞれの単語の意味は分かる。繋げてしまえばよいのだろうか?
「覚えが失った、ということか?」
「そんなとこなのかな。つまり、私は光を知ってて、元々光は私のことを知ってる。けど今の光は記憶喪失で私を知らないってこと」
「………分からない」
「まあ兎に角私は光を知ってるんだから、ね?」
同意を求めるように語尾を上げられたが、光は応えられなかった。
自分は自分のことを知らないのに、少女は自分を知っている。
飲み込みがたいような気分だった。
それにしても一体どういうことなのか。手の内にある僅かな記憶を繋ぎ合わせてみた。
目覚めた体と廃屋に刻まれていた名前は一致していたらしい。
つまり、この廃屋は少女の知る“藤田光”と何らかの関係があったことになる。
そこで目を覚ました記憶のない自分ー藤田光?ーも、少女の知る“藤田光”と関係があるに違いない。
もしも自分がその“藤田光”本人なのであれば、関係など無縁であって絶対の縁のようなものなのかもしれないが。
どちらにせよ、覚えを失ったー記憶喪失になった(らしい)今では確かめる術などは皆無だ。
だが、その失われた記憶の手掛かりが目前にある。
光は少女の黒瞳を、両の眼球で捉えた。
「お前、名前は」
「…光に名乗るのも変だなあ…私は樫奈神華。神様の華なの、凄いでしょ」
「神様って何だ?」
ふふんと胸を張った少女ー神華だが、放った言葉が一部理解出来なかった。
そのうちのひとつを問い掛けてみると、神華は勢い良く張った胸と肩を落とした。
「ええ、ひ、光てばどこの記憶を無くしてるわけ……?」
「…分からない」
「そーだろーね。うん、でも喋れてるし、言葉の意味も少しは分かるみたいだし……」
喋れている……言われてみればそうだ。
この100日間ほど、自分は思案と食事と睡眠だけを繰り返して生きてきた。
思案では様々な言葉が浮かんでいたということに、今気付いた。
言葉については自分の中にしてはよく知っている方らしい。しかし、
「俺のことは分からない」
それに神華は頷いて、
「一番大きいのはそれだよね。でも、それなら大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「心配……うーんと、気にかけなくていいよってこと。だって、光のことは光より私のが知ってるんだから」
「……ああ」
「だからさ、私が光のこと教えてあげる。出来たら私のことも思い出してほしいかなっていう裏付けがあるわけなんだけど」
「俺のこと、とお前のこと……」
分からない、分からない。それは事実だ。
しかし失われた記憶の中にこの少女の記憶もあるのだとしたら……
……あの夢についても何か分かるかもしれない。
少女が剣で刺され殺された。それ以外何一つ分からなかった夢。
やけに細かく鮮明に、今記憶されている事柄よりも細心かもしれないほどの夢。
あれが妙に引っかかるのだ。
もしかしたら自分の記憶に関係があるような気がしてならないのだ。
…どうしてと問われれば終わってしまうが…。
きゅっと光は少女の腕を掴まない方の手の内を握った。握ったのは、細長い剣。
「あ」
握っていたのだったと気付いた。いや、忘れていたのだ。
声が洩れると神華も剣の存在に気付いたらしい。
「なあに、それ」
「……持ってたんだ、最初目が覚めた時」
「うん?」
「この廃屋に、目が覚めたらいた。いつからいたのか分からないけど、いたんだ。その時に唯一持っていた」
少女の腕を離した流れでコンクリートの廃屋を指差した。
神華は廃屋と、それから剣を交互に見る。
「……じゃあ、それは光の大事なものかもしれないね」
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