amorfrater

□其の壱.帰ったらソファにぐうたら兄貴。
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「また寝てんの、兄さん」
「…んう?」

ソファの傍らまで歩み寄ると、ようやく馬鹿兄貴、もとい相沢銀は落ちていた瞼を開けた。
焦点の定まっていない瞳は俺を見ているのか天井を捉えているのか。分からないまま、銀兄はゆるゆると口を開いた。

「弘兄……?」
「違ぇよ」
「弘兄今日は帰り早いんだ……お疲れ様ー」
「だから違ぇって。頼むから銀兄ちょっとでいいから人の話聞こうよ」
「お疲れだろうから可愛い弟がちゅーを献上してや……」
「お前は今すぐそこのソファを俺に献上しろ!!」

ばしりと兄さん(この際そんなことは関係ない)をソファから引き剥がし、深々と座り込む。剥がされた本人は「うあ、」と間抜けな声を発して床へと崩れ落ちた。

家に帰っても疲れんのか……
また、無意識に溜め息が洩れた。

「お疲れだね、白夜兄」

まだ声変わりもしていない可愛らしい声。
テレビから目を全く逸らさないまま、ゲーム機のコントローラーを握った弟、雅がそこにはいた。

「ああ、本当にこの馬鹿兄貴は何で働かねえの……」
「銀兄だから」
「…正論過ぎて何も言えねえ…」

げし、と足元の銀兄を蹴ってみる。が、反応無し。死んだか?
あまりの無反応っぷりが面白くなってきて何度もつま先で蹴っていると、やっと雅が此方を向いた。

「白夜兄、疲れたなら寝ればいいのに」
「後でな。……心配サンキュ」

自分としては何気なく言ったそれ。だが、途端にかちかちとボタンを叩いていた音が止まった。

「………?」

どうしたんだ?
ソファから腰を上げ、雅に近付こうとしたその時。

「べっ、別に心配なんかしてねえよ!変なこと言うな!」

林檎なんかよりも真っ赤に染まった顔で、雅が叫んだ。言い終えたかと思えばそそくさとゲームを再開する始末。
……何なんだ、一体
背中を背もたれに預けると、今日何度目になるだろうか。溜め息を深く吐いた。


正直、この俺白夜が住む相沢家は異常である。
俺が家に帰ってきた時必ずと言っていいほど銀兄は寝てるし
その銀兄が先程名を呼んだ弘兄……相沢弘樹はホストをしていて殆ど家には居ない。
俺の唯一の年下、弟である雅に関しては異様なほど、俗に言うツンデレだ。
他にも兄さん姉さんは居るし、多すぎる兄弟を自らの腹から産んだ母さんは未だ45歳とそれなりに若く、
47歳の父さんと現在は海外へとバカンス中だったりする。

この家族には自分で言うのも何だが、俺を覗いて常識人がいないのだ。

(もう少しでいいからマシな人間は居ないのか、この家族……)

体中が疲労のせいで重い。思考のお陰かさらに重くなってきた。
眠気があるわけではないのに落ちてきた瞼をすんなりと受け止め、思考も視界も闇で覆った。
雅がする某有名格闘ゲームの悲鳴だか掛け声だかをBGMに、ゆっくりと呼吸を繰り返す。その度に段々と、薄々と眠気が漂ってきた。

……ん?

鼻先をふわりとかすめた、甘い匂いー香水?
目を閉じているせいか、視覚以外の五感が敏感になっているらしい。眠気ともうひとつ漂ってきたその香りの正体を確かめるべく、薄く瞳を開けた。

「………ッッ?!」

ぼやっとする視界に浮かぶのは、先程まで床に転がっていたはずの銀兄だった。
いや、驚いたのはそれだけではない。

「白夜寝るー?おねむー?寝るなら俺も寝るー」

鼻先が付くんじゃないかというくらい、近い所に、銀兄が居たものだから。
唐突に跳ね上がった心臓のせいで声が上手く出ないまま、ぱくぱくと酸欠の金魚みたいに口を開閉することしか出来なかった。

「白夜ー?」
「……っ、」

息が掛かる、息が!!
あまりの近さに互い互いの唇にその吐息が掛かる。
普段は見慣れすぎている兄さんの顔もこれだけ近ければ少し違ったものに見えた。
俺より少し父さん似の男らしい顔、のくせしてまつ毛が長い。今触れ合いそうになっている鼻も整っていて、唇は厚くもないけれど薄くもない。
兎にも角にも、目前にあったその顔は綺麗としか言えないくらいで………

「って俺は何を考えてんだ!!」
「はいっ?!」

思考を振り切るように銀兄の肩を思いっきり押してやった。
何とか兄さんは離れたものの、心臓のばくばくは止まらない、止まらない。いくら呼吸を繰り返しても、止まらない。
というか、認めたくなかった。

俺が、兄さんに対して照れてる、とか。




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