11/03の日記

08:34

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明け方が、少しな寒いと感じる頃だった。
仕事の為か、俺より数十分家を早く出たらしいケイスケからの置き手紙が目についた。

“工場長から直接頼まれて、ちょっと時間のかかる整備をしなくちゃいけなくなって…
 帰りが遅くなると、またアキラ起きて待ってるだろ?
 それはアキラに負担がかかるし、っていうか本当は寝ててもらいたいんだけど、
 やっぱり寝るのくらい一緒がいいから、今日から何日か早めに行くな。
 アキラが工場に行くのは、いつも通りでいいから
 それじゃ、行ってきます”

宛名も書いた本人の名前もなかったが、何度も連呼される俺の名前と、愛着の湧いた文字の形から、誰が誰に向けたものなのかなんて分かってしまった。
まあ、もっともこの部屋には俺とこいつしかいないわけだが。
何も言わず出て行くと、俺にどやされるとでも思ったんだろうか。
慌てた様子もなくしっかりと書き綴られた文字のメモを、アキラはそっと摘んだ。
今一度読み返してみる。温かい心配りと、冷たい感触。

「…朝だって、一緒に行きたいのに」

ぽつりと呟き。しかしそれは意識の外のもので。
自分の声にはっとして、ぶんぶんと首を振る。
こいつは、ケイスケは、頑張ってるんだ。
一緒に生き残って、こうしてやっとのことで普通の生活をしていけてる。
ケイスケは、この生活を維持する為に、何も出来ない俺の代わりにも頑張ってくれてる。
…そう考えた途端に、胸が苦しくなった。

何も出来ない、俺の代わり。

自分の言葉なのに、一番動揺しているのは自分だった。
メモを手にしたまま、時間は刻々と過ぎていき。
我に返った頃には、出勤する時間の10分前までに迫っていた。




ケイスケは忙しいだろうに、ちゃっかり朝飯まで用意してくれていて。
簡単に買ったと思われるメロンパンと、きちんと手を入れて作られたスクランブルエッグと、彩りのいい野菜。
あいつのことだから栄養面なんかも考えてるんだろうな…
しかし時間がなかった。パンなら包装がしてあるし、また夜にでも食べよう。
スクランブルエッグと野菜だけをかきこんで、アキラは家を飛び出した。
まだ、胸の中にもやもやとした違和感を感じながら。


工場にはすぐ着いた。そして、ケイスケもすぐ見つけられた。
元は白かったであろうツナギを真っ黒にして、褐色の肌までも黒くして、朝からケイスケは頑張っていた。
工場の入り口付近には大型の車。ただの車じゃなくて、後ろの荷台にあたる部分には筒にも似た大きな物体が取り付けれていた。
凄い、な……
そう思ったのは車の迫力と共にケイスケの真面目さに、だ。多少近寄ったくらいじゃ俺に気付かない。
仕事をしているのを邪魔したくはなかった。だが、どうしても気付いてほしくて。でもー…
内心の葛藤が表れた、ケイスケへと伸ばそうかと戸惑う腕。その手がケイスケに触れる前に、綺麗に澄んだ瞳がくるりと此方を向いた。
びくりと跳ねた全身。思わず腕を引っ込めたアキラに向けて、とびっきりの笑顔が弾けた。

「アキラ!」
「っ?!」
「良かった、起いつも通りに来てくれたんだな。で、メモ、読んでくれた?ご飯はちゃんと食べた?あ、あとちゃんと寝れた?」
「…聞くのは一つずつにしてくれ」
「へへ、ごめんごめん」

謝りながらも嬉しそうにするケイスケは普段と何ひとつ変わらない。
きっと軽く小一時間ほどは作業しているはずなのに。聞かなくても、なんとなく分かった。
呆れと尊敬を含めた溜め息を混じえて、アキラは質問に答えることにした。

「朝はいつも通りに起きたから寝れたし、メモは読んだから慌てないでこうしてる」
「あ、なかったらやっぱり慌ててた?」

ケイスケの指摘に思わず顔に熱が登る。
やっぱりって、そんな、予想してたみたいに。

「……うるさい」

そう顔を背けても、ケイスケはにまにまと笑うばかりで。

「はは……じゃあ、ご飯は食べた?」
「…飯?」
「食べてないの?」

ケイスケの口から出た言葉に固まった。
飯?いや、食べはした。だが食べたのはケイスケが作ってくれたものだけで……
どう答えれば良いのか迷ったのだ。しかし食べていないわけでもないのだし。

「…いや、食べた」
「あー、良かった。置いてたの気付いてくれてた?」
「ん。…あと、美味かったから」

素直な感想を述べてやれば、ケイスケはふにゃりと笑った。
朝食べたのは、簡単に出来てしまう品ばかり。しかし、それにすらもケイスケは隠し味だのひと手間をかけたがる。
だから、本当に美味しかったのだ。
ケイスケの笑顔に、つい自分の頬も緩んだ。

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