十万打+一周年+閉店セール

□今日までと、今日からよろしく
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なんだかあっという間の一日だった。
新八と、神楽と、その他親しい人たち……というか町中の人たちが集まって、
お酒を飲んで騒いで、お金はないから盛大なものなど出来ないと思っていたのに、
きっと大豪邸のパーティより騒がしかったに違いない。
そう、まるでかぶき町のお祭りのようだったわね、と思い出してお妙は笑う。
くすりと笑って、それすら響く静けさに気が付いた。

静まり返った室内には、お妙一人だけだ。
神楽は志村の家に行っているから、戻らない。
今まで通りでいいじゃないかと言うお妙に、首を振ったのは神楽だった。

『チャンとしなきゃ駄目ヨ、姐御』

彼女のことだから誰かに吹き込まれたに違いないが、そう言う少女の瞳に気圧されたのは事実だった。
むしろ帰ろうとしない新八を引きずりながら離れていく姿に、お妙のほうが寂しくなったのだ。

明日、ごめんください、なんて言わないでね。
ただいまって、二人でちゃんと来てね。

投げ掛けた言葉に笑い返すだけで神楽は何も言わなかったけれど。
新八は相変わらず泣きじゃくって引き摺られていたけれど。
日常が非日常に変わることに、お妙はまだ想像が出来ないのだ。

そして今日から、非日常が日常になっていくはずなのに。

そこまで考えて、お妙はもう一人、この部屋にいるべき人物がいないことを不思議に思う。
コンビニ行ってくる、とアルコールの入った赤い顔で出ていったのは一刻も前のことだ。
さすがに遅い、と思い、寝間着のうえに羽織をかけて部屋を出た。
いつもなら日中、にぎやかな万事屋の応接間は静まっている。
そこを抜けて玄関に続く廊下に出たところで、お妙は悲鳴をあげそうになった。


「驚かせないでくださいよ」


誰もいないと思っていた玄関に座り込んでいたのは、この家の主だ。
賃貸だけど、買い取るつもりだと昼間に大家相手に粋がっていた男だ。
なのにその主は、今は家の中に背を向けて座り込んでいる。
息苦しいと早々に袴を脱いだから、いつもの着流しとブーツも履いたまま。


「……銀さん?」
「悪ィ」


振り向かずに放たれた声が、冷えた空気に混じってぞわりとさせる。
何の謝罪。
お妙は羽織の前をぎゅっと掴んで身を縮めた。


「寒いでしょ、早く入ってくださいな」
「あぁ、うん、そうなんだけど……」


歯切れの悪さはいつものこと。
だけど、こんな時には勘弁してほしい、とお妙は思う。
なんでも有耶無耶にしてしまうのはいいところでもあるけれど、
最後はきちんと締めるのが唯一のあなたのけじめでしょうに。
それとも、なに。


「今更、後悔してるとでも言うつもり?」


こんな夜に、そんな最低のことを言うつもり。
こんなことすら言わせないでほしい。
声が震えたって仕方のないことだ。当たり前。
だから、振り返った男の顔がどれだけ慌てていようと、お妙は容赦する気になどなれなかった。


「そう、後悔してるの」
「バカ、ちが、」
「馬鹿はどっち」


分かっている。
この男の破天荒さも、実際の慎重さも、奇妙なところの臆病さも。
全てを分かってお妙はここにいる。
しかしだ。
だから今のその表情の意味を分かっていても、分かりたくないことはある。
言いたくない言葉はある。
それすら、あなたは許してくれないのか。


「お妙、あのな、だって、」


だって、なんて男らしくない言葉、と言えば男女差別だと文句を言うのだろう。
こんな時ばかり名前を呼んで懐柔しようだなんて甘すぎる。
もう少し、あなただって私という人間を、女を、理解すべきなのだ。

妻にしようと言うのなら。


「あのな、お前は分からないだろうけど」
「私が?分かってないのは銀さんよ」
「だから、そうかもしんねェけど、あのなァ……」


ゆっくりと近づいてきた手がまだ触れるのを躊躇うならば、
その手を振り払ったっていいとさえ思っている。
そうして、あなたがちゃんと追い掛けてくるのに少し辛いくらいの勢いで逃げてやる。

だけどけして、手放したりしないで。

思った時にはその冷たくなった体に抱きついていて、
冷気を感じながら、ああ駄目だと悟った。
この手を嘘でも振り払えるのなら、きっと首を縦になど振らなかった。
一生離れたくないと思わなければ、こんな男になど嫁がなかった。
つまりは、惚れた弱みというやつだろうか。


「あのな、わかんないだろーけど、男は途中で止まんないからな。
マジで、車の比じゃねェから。宇宙船並みだからな?」


それでもいいか、と耳元で囁く声にすら聞き入るのだから、今更首を横になど振れない。
回された手が、冷気をまとった体に反して熱かった。


「いい加減、下手な例えは止めてさっさと口を閉じてくださいな」


結婚まで処女を守るだなんて、あなたの男のロマンなんて下らないものに付き合った結果なのだ。
ならばもはや、こちらが我慢してやる義理もない。
いつまでも恐がった手で触れたりしないで。



「さっさと、私を物にしてみせてよ、旦那様」



体以外の全ては、とうにあなたの腕に落ちているのだから。











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