十万打+一周年+閉店セール

□ミライノハナシ
1ページ/2ページ




穏やかな日差しに、子供の声が聞こえる縁側。
陽なたぼっこでもしながら微睡んでいると、白い手が視界をひらつくのだ。

「ねぇ、ほら、寝るなら布団にしてくださいな」

ひらひらと、光を遮りながら光る手をつかんでみせれば、
少しびくりと震えた後には、観念して握り返す。
なぁに、と問うてくる声がくすぐったい。


「あー、なんか……平和だな、って……」


それはかつて夢見たような時間だ。

夢見たような。








「……さん、………銀さんったら」

ひらひらと仰いだ手が、優しく、ではない。
べちりと音がして、おぼろげな視界がはっきりと現実を見た。
青い空と縁側。それは変わりないのに。

「昼間からなにぼけらっとしてやがんですか」

さっきまで見たはずの微笑みをさらに強力に浮かべながら、しかし辛辣な言葉を吐く。
そんな女は、少なくとも思い当たる限りは一人しかいない。

「……あれ。夢?」
「まだ寝呆けてるんですか。さっさと起きてくださいよ、忙しいのに」

ぱたぱたと、捕まえる間もなく背を向けた女の姿を目で追う。
ここは何処で、いつだろうか。
そんなことを思うからには寝呆けているのは確かなのだ。
しかしなんと、騒々しい。

「アネゴー!銀ちゃんまだアルか!?さっさとしないとあのマヨラーたちに先越されるアル!」
「まったくもう!昼から仕事だって言ったの銀さんでしょ?」

聞き慣れた騒音だ。
もう、何年も。

「はいはい、ほら、早く支度してくださいな」

白い手が、自分の着流しを放り投げてよこす。
間違いない。
これは、お妙だ。
そのことに安堵しているうちに、顔面で着流しを受けとめてしまった。
いくら布でも勢いがつけば痛いんだぞコノヤロー。
言いたいけれど後の反応を予測して言葉を飲み込むのも、この数年の学習の成果だ。

「ったく、老体に鞭打つなんざとんでもねェガキどもだ」
「何言ってるんですか。神楽ちゃんも新ちゃんももうとっくに大人ですよ」

着流しを取り払えば、なるほど確かに、姿形だけ成長した男女が居間に仁王立ちしている。
風貌も随分と大人らしくなったものの、頭の中身と行動は変わりゃしない。

「へーへー。来るのがおせぇんだよ、あいつら」

お陰でうたた寝して、変な夢を見てしまったじゃないか。
そんな責任転嫁に苦笑しながら、着流しを取り直して羽織らせてくるのはお妙だ。
彼女も、随分と大人びたくせに、でも若かった。

「老体なんて馬鹿言わないで、働いてくださいな」

この、優しいとみせかけた現金さも変わらない。
変わらないのだけれど。
一つ、確認をしておきたい。


「お前、俺の奥さんだよね?」


疑問じゃない、確認だ。
きょとんと丸くなった瞳が見つめてくる。
分かってるよ、寝呆けてるわけじゃない。
いじけてるわけでもないんだ。
でも、


「……でなきゃ誰の奥さんだって言うの?」


少し怒ったように顔をしかめてから、笑う。
そうだ、その顔が見たかっただけだ。
それでさっきまでの夢など吹き飛んだのだけれど。


「あなたの、妻でしょ?」


その微笑みはまるでさっきまで頭の中で繰り返されていたものだ。
だから、そうだよな、と笑う。
これだけは、変わることがないのだろう。いつまでも。

「ほら、早く行かないと近藤さんたちがお待ちかねですよ。
最近はすっかり借り出されてばかりなんだから」

ぽん、と背中を押すぬくもりも。
苛立つ様子の二人のガキも。
この喧騒も。
しばらくは変わることがないのだろう。
しかしきっと、ならばさっきまで見ていたものは。


「夢でも見てたの?」


送り出しながら小首を傾げるお妙に、さらに首を捻る。
夢、というか。
あれは多分。


「いや、多分、未来ってヤツ?」


今はまだこの騒がしい毎日が続いていく。
しかしきっと遠い未来、自分がもっと年をとれば、あんな平和な日常が待っているのだろう。
今は背中を押すこの手が、共に取り合って支えるまでに。



そんなことを後で囁いたら、
来るかしらね、あなたにそんな平穏な日が。
なんて、意地悪く言うものだから、それは本当に遠い未来の話なのだろう。


今はただ、しばらくは、走り続ける背中を押す手でありたいとお前が望むなら。









→あとがき

次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ