十万打+一周年+閉店セール

□それが扉を開くの
1ページ/3ページ



ふざけるなよ、ちくしょう。

その言葉を小さく噛み砕きながら歩いている男の形相があまりにも苛立っているものだから、
普段なら通り掛かれば声の一つもかける商店街の店主は黙って見送っていた。
たまに舌打ちを混ぜながら早足で通り過ぎていく男は、いつにも増して粗暴だ。
そのままどこへ行くのかと道行く人々が振り返る中で、銀髪をふわふわと揺らしながら男は一つの店に入っていった。

「たのもーコラァァ!」

どんな文句だと突っ込むこともできずに乱入してきた男にまず驚き、
次には商売人の性か、叩き開けられた扉の心配をしたのは、鍵屋の店主だった。





認めない。認めたくはなかったが、銀時はその時を思い出して舌打ちをする。
椅子に座った今、貧乏揺すりと、とんとんとテーブルをたたく人差し指が迫力を増していた。

「何の騒ぎだ、いったい」

振り掛けられた低音に、銀時が振り向くと、そこに立っていたのは警察だ。
警察とは名ばかりのマヨネーズ中毒者だ、と言えなくもないが、表に停めたパトカーを見れば、職務中なのだろう。

「なに、この店なんかヤバイのか?」
「通報されたのはテメェだ馬鹿。ったく、今にも暴れそうっつーから誰かと思えば」

摘発でもしにきたのかと思えば自分に用があったらしい。
その割に、ゆったりと向かいに腰を下ろしたかと思えばおもむろにタバコを吸いはじめる。
あのいかれたドS少年のことを言うわりには、お前だって真面目に仕事する気がないだろうと銀時は呆れた。

「で?聞きゃあ鬼のような目付きで歩いてたらしいが、鍵屋なんかで何してやがる」
「ちょっと目付き悪ィのは生まれつきだしテメーに言われたくねぇよ。
鍵屋で鍵作る以外になにがあんだアホ」
「アァ!?俺のこれだって生まれつきだ悪いか!」

テーブルを蹴飛ばす前に銀時が後ろに下がったため、土方の足は空中で止まった。
さらりとかわすのはいつものことだが、なるほど、幾分か落ち着いたのだろう銀時はそれでも苛立ちを纏っている。
面倒だな、と土方は思った。
確実に面倒な事態になりそうだし、話を細かに聞く義務は自分にはない。
しかし、いつも飄々としたこの男が何にそれほど苛立っているのか、少し興味が湧いただけだった。

「……で?鍵なんざどうすんだよ?」

簡易な問いに虚を付かれたのか、いつもなら関係ないと突っ張る銀時は、押し黙った。
その顔が、土方に言いたくない、というよりは口にしたくないと言っていたのでますます興味をそそられたが、
銀時はたっぷり一分ほど沈黙したあとで、口を開いた。






お前はいつ、けじめを付けるんだィ。

煙を揺らしながらお登勢が言ったのは、銀時がさぁ飲もうかと席についたときだった。
いきなり何だと睨もうとすると、反対に睨み付けられる。

「……なんの話だよ」

これは面倒な事になりそうだと銀時の勘が告げていたが、このままでは酒の一滴も出て来ない。
じゃあさよならと立ち去ればよいのだが、ツケが溜まりすぎて他の店では呑めないというのが現状だった。
機嫌を損ねないよう、へらりと笑って問い返すと、下心が見えていたのか、お登勢はため息を吐く。

「あの道場の娘のことだよ。いつけじめつけるんだィ。
あぁ、それともとっくに振られた後かね」
「は……?あ?お妙のことか?……けじめってなんの」

実際、銀時とお妙は付き合ってすらいなかった。
現時点でただ従業員の姉、というだけだ。事実は。
では内心はどうかと聞かれれば、気にならなくはない、というのが銀時の答えだったが。

「何悠長なこと言ってんだヨ。見合いの話が来てるって話じゃないカ。
アンタね、ふらふらしてたらあっという間に持ってかれるよ」
「は?みあ……ハァァ!?……いや、つーか受けねぇだろ、アイツ」

見合い、という唐突な単語に反応しただけだった。
例え事実としてそういう話があったとしても、だ。
お妙がそんな、持ちかけられただけの見合い相手と交際などするわけがない、と思っていた。

「何だィ、随分と余裕じゃないか」

お登勢の揶揄には、うるせーよ、と一言返す。
しかしそれが事実だということも、銀時はすでに気付いていた。
自分がお妙を「気にならなくはない」のと同じように、彼女がそうであることも銀時は知っている。
本人に確認をしたわけではないが、そんなことはお互い何となく伝わっていると思っていた。
銀時だけでなく、お妙も、知っているはずだ、と。

だから、はっきりと思いを口にしないのは余裕もあったし、今更という気持ちもあった。
銀時にしてみれば、改めて口に出すものでもない気がしたのだ。
しかし、今、お登勢に指摘されてふと思う。
このまま年を重ねれば、銀時はともかくお妙は世間的にとやかく言われるだろう。
今回のように、お節介な奴らが次々と見合い相手を見繕ってくることもなくはない。

だから、銀時としては、「お妙のために」「はっきりさせてやるか」という程度の思いだった。
俺は別にいいけどね、お前は余計な虫が寄らなくなるだろ。
そんな心積もりになったところで、偶然、スナックお登勢の扉が開いて、
相手が仕事帰りのあの少女だったものだから、
他には客もいなくてババアは無視していいだろうと思ったから、
まさか予想外のことなど起こるなど思いもしなかったものだから。

「なァ、一緒に住むか?」

疑問系にはしたものの意味のないことだと思っていた。
開口一番に、よォ久しぶり、なんて声をかけるまでもない間柄だと思った。
座りかけたお妙が驚きに固まったものの、頷く以外なんてあるわけない。
あぁ、もしかしたら照れ隠しに、住んであげてもいいですよそこまで言うなら、なんて憎まれ口を叩くくらいはするのかもしれないが。
しかし、お妙はぱちくりと瞬きをしたところで、


「………はい?」


盛大に、意味の分からないという顔をしてみせた。
あれ、と銀時も首を傾げる。
反応は予想したものとまったく違っていた。
いやいや、これは唐突すぎて分からなかったとかいうやつに違いない。
銀時としては次の行動に迷って、視線を店内に巡らせながら思案し、なんとなく懐を探る。
何か間違っただろうか、どういう反応だと頭を空回転しながら考えたところで、
懐に入れた手が触れたのは万事屋の家の鍵だった。
使う頻度は少ないくせによくなくすものだから、前にお妙がよこしてきた、ドーナツの飾りが付いたキーチェーンをよこしてきたものが指に触れる。
あぁ、なるほど。

「あー、まぁつまり、ほら、今度合鍵作ってやるからよォ」

女子っていうのは面倒な思考をするらしいから、直接的な表現よりこんな台詞がいいんだろうとか。
日本語が美しいのは遠回しだからだとか桂が言っていた気がするとか。
よく分からないことを思い出して、銀時は再トライしてみる。
頷く以外はないと思った。
今くださいよ、と言うのかと思っていた。
しかし、


「……はぁ……」


帰ってきたのはくだけた了承ですらない、ため息。
それも、呆れた、というだけの。
それですら頭をがつりと叩かれたというのに、


「……いえ、いらないですよ、合鍵は」


そんな言葉が戻ってくるなんて思わなかったのだ。
頭の中も外も真っ白な銀時の隣で、お妙はビールを一杯頼むと軽くお登勢と談笑し、
銀さんも程々になさいよとお妙が店を出るまで、銀時は一滴の酒さえ喉を通らなかった。
少女が店を出て、ぱたんと扉が閉まると、銀時に降り掛かってきたのはお登勢の大爆笑しかなかった。









次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ