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□名も無き戦争
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知るも知らぬも闇の中続編。喧嘩した銀妙。




何でだ。
こうであれと願わなかったとは言えないが、とても嫌な気持ちがした。
そうだったとしたら、いつもなら安心するはずの彼女の笑顔が、どうしてこんなにも気持ちを騒つかせるのだろう。


「……あの……」
「あら、なぁに?銀さん」


怖い。
いや、怖いとも違った。それもあるが、彼女がというよりは自分のしでかした何かへの恐怖だ。
何かと言っても原因は分かっているが、これがこんなにも怖いものだとは。



お妙と喧嘩をしたのは1週間ほど前の話だ。
どちらも本気で怒っていたし、かと言ってどちらが悪いというわけでもない。と思っている。
少なくとも自分の怒りはお妙を案じたためだと思っていたし、お妙でなければあれほど怒りはしなかったはずだ。
それが彼女の大事なものを蔑ろにする結果だったとしても、偽るわけにも退くわけにもいかなかった。そこだけは。
要するに、大人の意見として口にするのであれば、価値観と環境の違いではないか。
あれから桂に飲みながら諭されて、そんな風に結論づけた。
それは仕方のないことだと。
世代も境遇も性別も違う自分達が、意見が食い違うのは当たり前。しかし、その当たり前をそのままにしておけなかった故の喧嘩だったはずなのだ。
少なくとも、自分はそれを諦めたくなかった。

なのに、目の前の少女は笑っている。
何事もなかったように。いや、それが当たり前だから仕方ないと諦めたように。
諦められるということは、こんなにも怖いことなのか。


「………なァ」
「だから、なぁに?」


いつもより穏やかに、お妙は突然の来訪だというのに微笑んでお茶を煎れている。
いつも通りなどと言うつもりだろうか。ふざけるなよ、何も気にしてませんみたいな顔をして。
そんな顔は今すぐに元通りに直してやる。


「……なんで、んな顔してんの」


少しまずいかな、と思うような言い方だった。失敗した。
文句を言いたいのは顔じゃない。顔の裏に隠された感情だ。
そして、わざとではないにしろ怒らせた側としては文句など言える立場ではないかもしれないが。

「……銀さんがなんなの。私のこの可愛い顔に不満でも?」

可愛いとか自分で言うな。いや、可愛いけど。その顔に不満なんてあるわけがないし、あえて言うならもう少し可愛くなければ俺だってもうちょっと安心だ。
話がずれた。違うだろう。
つまり、顔に不満はないのだ。


「いやいや、違うから。だからなんで、笑ってんのかなってね、思っただけで」
「私はいつだって笑顔を絶やさない素敵女子ですけど?」


その通りなのかもしれない、彼女は確かに先程から笑みを絶やそうとはしない。
そして多分、多くの他人の前では常にそうだったのだろうと思う。
いつも俺や新八達に見せる怒りや悲しみの表情など、と思って、
気づいた事実に絶望した。


「………銀さん?」


やっと笑みを消して覗き込んできた表情は、期待したものではない。
だって、お前はそうやっていつもみんなを心配しているからな。
だから俺の絶望は深くなるばかりだ。

なぁ、お妙。お前に聞きたい。
俺はあの出来事一つで、お前にとって赤の他人やただの知人に成り下がったのか。
俺はあの時、そこまでの罪深い失態を起こしてしまったと言うのか。


「……何で何も言わねェ」


心配の表情が、目の前で怪訝そうにしかめられる。
それだって見たい表情ではないが、さっきまでの張り付けた笑顔に比べたらいくらかマシだった。


「言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ」


情けなくも声が震えた気がする。伝えなきゃいけないのに。
なぁ、諦めてくれるな。
ちゃんと言って、ちゃんと喧嘩をしてくれ。
例え価値観の違いがあって俺がお前を理解できなくても、お前が俺を理解できなくても、こんなのは嫌だしムカついた。
ムカつき過ぎて吐きそうだ。二日酔いなんて比にならないほどに。


「……他人になるくれェなら、大嫌いって言われた方がマシだ」


あの時と同じように詰ってくれて構わないから。
俺はMじゃないけど、お前の痛みくらい受けとめたいんだよ。







喧嘩をしようと言った銀さんは酷く痛々しい顔をしていて、何故かこっちの方の胸まで痛んだ。
そんな相手に喧嘩なんて売れるわけがないじゃない。
あぁでも、今現在こんな顔をさせているのは自分なのだと思ったら、やはりズキリと何かが痛んだ。

「……銀さん。ねぇ、具合でも悪いんですか?」

俯いてしまった男に呼び掛けてみるものの返事はない。
具合が悪いわけじゃないなんて分かっているのに、こんな問い掛けをする自分はずるいのだろうか。
でも、だって。
これだけ回避してる私を認めてよ。
はっきりなんて言いたくないのに。
だって、私とあなたは友人ではないし、上司でも同僚でもない。
まして、家族じゃないから。


「……嫌ですよ、喧嘩なんて」


いつも殴ったり蹴り飛ばしたりしておいて何だと、あなたは言うかもしれない。
でも、今回の私たちの怒りの矛先の違いが、私たちの価値観の違いだと気付いてしまった。
気付いたでしょう、あなたも。


「喧嘩なんて、したくないから笑ってるのに……何でわざわざ」
「しろよ。……言えよそれくらい!」


ほらまた。
私が大事だと、失いたくないと思うことをあなたはそれくらいと言う。
それをぶちまけて喧嘩する事なんてきっと簡単だ。
歳も、経験も、性別も異なる私たちに違いなんて当然のことだから。
だけど私がしたくないそれをこの男はしろと言う。
表情だけは、お互い泣きそうで一致してるのにね、馬鹿みたいに。
あぁ本当に、泣きそうだ。


「嫌よ。だって、私と銀さんは……友達じゃないし」
「……まぁ、確かにダチとはいわねェけど」
「私の上司でも同僚でもないし」
「……そうだな」
「まして……家族なワケがないじゃない」


首を傾げる男は、こちらの言いたいことなど何一つ分かっていないのだろう。
そんな傷付いた顔なんてしないで。お互い様でしょう。
分かち合えない苦しみがあなただけだなんて思わないで。
私だってそうだけど、そうね、相違だと言うのなら、これだってその一つなんだわ。
私が、これだけ恐怖していることがこんなにも伝わらないのなら。


「……怖いんです」


言うのか。言わなければならないのだろう。
この男はこんな時こそ中途半端な結論なんて許さないだろうから。
だったら半端な仕事の仕方こそ止めればいいのに。
って、それすら言えないようになるのかしら。


「……こんなにもハッキリしていない関係の私とあなたが、本気で喧嘩をしたら……その先は……?」


声が震えてみっともない。けど止められなかった。
ねぇ、言わせたからには答えてよ。
決定的な溝を埋められないと悟ったあなたが、じゃあいいやと諦めたら、そこに何が残るだろう。
そんなことをして、挨拶も馬鹿話すら出来なくなることが怖いだなんて可笑しい話だと自分でも分かる。
でも、私は嫌なのだ。
だったら隠して閉じ込めて、笑って何が悪いの。


「何もなくなったら、どうするのよ……!?」


多くの決別を経験してきただろうあなたと違って、こちとらまだうら若い乙女なのだ。
半端な関係を惜しんで何が悪い。


「いつか無くなるものかもしれなくても、せめて何かを遺したいと思って何が悪いの……!?」


いつか思い出したら、私は楽しい思いだけを浮かべたいのよ。
喧嘩なんて、真っ平御免。



口から流れた言葉を後悔しても遅い。
本当に、なんてことをしてくれるの、この人は。
恥ずかしいしみっともない。
あぁでもこれが埋められない溝と同じならば、もはやこれで終わりなのか。
ならば、居たたまれない雰囲気から少しでも早く退避しなければ。
背を向けようとした。



「……はぁ〜」



なのに、地を這ってきた呻き声に脚を掴まれた。
盛大なため息に視線を向ければ、肩を落とした男がこちらを見る。
どこまでもムカつく。でも逃げなければ。
おかげで笑い続けたこの1週間の努力が水の泡だ。
さよなら、バイバイ。
言って走り去りたかったのに。


「おい、ふざけんな」
「……は?」
「いや、つーかなんかね、ちょーショックなんですけど」


聞き違いか。
いやその間延びした声も態度も、いつもの彼の物で疑いようがない。
思わず返さなきゃいけなくなるじゃない。


「……ちょーとか言わないでください、ムカつく」
「マジで、ホントショックだわ。え?なに?もう一回言ってみ?」
「嫌ですよ、だから、」
「友達でも職場仲間でもないし、確かにまだ家族でもないけどなァ」
「まだってなに。予定もないわよ」
「あるかもしれねぇだろ、世の中何があるか……ってまぁそれはいいや」


いいのか。
何が言いたいか分からないけど逃げたい。
なのにいつの間にか腕は捕まれていて、蒼い瞳が間近に迫る。
近い。文句を言うのも戸惑うほどだ。
身を捩ろうとしたら、引っ張られた。


「名称なんか付けなくても、俺とお前の関係でいいだろうが!」
「……は、」
「付けたいなら恋人でも夫婦でも勝手に付けろや」
「付けないわよ馬鹿ですか」
「じゃあ、坂田銀時と志村妙で何が悪いんだ」


言われた意味が分からない。
そんな関係存在するものか。
でも確かに、今まで述べたどんな関係にも自分達は当てはまらない。
だからと言って関係が無いとも言えないならば、無理やり名付けたそれを否定することも出来なくて。


「……そんな関係世界で一つじゃないですか」
「結構なことだな。その関係が友達より上司より希薄だなんて俺は思わねェし」


馬鹿げた持論だ。
あぁでもそうか、それでいいのか。
頭が考えることに疲れたのか、そんな理論さえ納得しそうになる。
何よりも不明瞭で強固らしい関係に頷けば、硬い顔をしていた男が久方ぶりに微笑んだ。
なんて好戦的な目で。


「最悪レベルの喧嘩の後だって、俺は諦めねェから。あと俺の辞書に負けとかないからね。そこんとこよろしく」
「奇遇ですね、私も喧嘩には負けたくないんです。……長期戦になりそうですね」


ただ今は、引き寄せられた熱が暖かいから少しばかりの休戦としましょうか。










あまり深められなかったかもですが続きをと言ってくださったので!
死ぬまで夫婦喧嘩してればいいよ。

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