本棚-U

□今更にお互い様
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幸せと不安はいつも1つにすらなりきれず、マーブル模様に入り交じる。
それをこの男のせいだとは言わないが、複雑な気持ちを押し隠すのにさらに苦しさが落とされる。
コーヒーにミルクと砂糖を混ぜたように。
見えないように、その甘さを落としていく過程を何よりもお妙は慎重に行っていた。

「……傷だらけ」

眠る銀時の寝相は最悪で、布団からはみ出した足や、腕には古い傷跡からまだ瘡蓋が残るものまで様々だ。
これを、これ以上増やさないでいてくれたらどれだけ安心だろう。
どこにも行かないで、戦わないで、このまま穏やかな日を過ごせたなら。

そっと、頬に触れてみる。

戦いを終えてぐっすりと眠ると顔色だけはいつも普段どおりに笑うから、無茶をしないでとも言わせてくれない。
けれど今は未だ青白く、かさついた肌になら言える。
こんな時しか言えない。

「……怪我なんてしないでよ。ただでさえ傷だらけのくせに。
もう若くないんだから。回復力だって衰えてるんですからね。
そろそろ次の世代に任せて引退すればいいじゃない。隠居生活だって似合いますよ、銀さんなら」

こんな憎たらしい本音すら起きていては言えない。
まして、本当に素直な言葉など。

「……心配なのよ、帰ってこないんじゃないかって」

無敵の強さなど信じない。
いくら強くても人間なのだから死なないなんてありえない。

「……いつか、私を置いて行ってしまうんじゃないかって」

大切だと言ってくれたけど、あなたは見ず知らずの通りすがりにだって優しいから。
私や新八にそうだったように。

「例えばね、あなたは借金のために家や身を売ろうとする兄弟がいたら迷いもなく助けるんでしょう?」

でもそんなの、今、自分という存在がいるからには捨て置いてほしい。
誰かに任せてあなたはさっさと帰ってきて。
恋人のフリしてストーカー退治なんてしたら浮気とみなすから。


「……私だけ見て」


あまりにも女々しい気がして口に出来ない言葉がこぼれた。
馬鹿なことを考えてるなんて自分でも分かっているし、本当にそうなったら困るだろうけど。


「ずっと、ずっと傍にいて。離れないで。
私だけを選んで……他のことなんて考えないで」


考えたら、あなたは行ってしまうだろうから。
そんな言葉を、言えなくて、言いたくなくて、でも口に出したら自分が馬鹿らしすぎて笑えなかった。

私、こんなこと思っていたの。
こんなに、この男が好きなのか。

それは、伝えるためではなく自覚するための儀式だったのだと今更に気付く。
だって本当にこの男が全てを捨てて自分だけを見てくれる男なら、それはきっと銀時ではない。
少なくとも、お妙の好きな坂田銀時ではない。
誰かのために我が身を省みず突っ込んでいく姿に恋をしたのだから。

「……よっぽど好きなのねぇ」

自分に呆れるほどだ。
お妙は苦笑して、男の頬から手を離した。
それが分かっただけでもなんだか心が少し落ち着いて、眠っていても伝えたかったのだと知る。
言いたかったのだ、この男の前で、顔を見て、触れながら。
まぁ満足だと、自分も休むために腰をあげようとした。


「いまさら気付いたのかよ」


低く擦れた声が部屋に響いた。
腕が何かに引っ掛かったかと思えば、布団の下からはみ出た手がお妙の手首をつかんでいる。
閉じられていて見えなかった蒼の瞳とかち合った。


「……っおきて、」
「今、起きた」
「今って、」
「『もう若くないんだから』の辺り?」


ほぼ最初からじゃないか。
一気に顔に熱が集まるのを感じて、お妙は空いた片手で頬を抑える。
だるいのか起き上がろうとしない銀時に捕まれたままだったから、身動きはとれなかった。

「なんで、言わないんですか!」

恥ずかしい。
とても恥ずかしいことを言った自覚はあった。
伝えたくて、でも懇願は出来なかった言葉たち。
本音ではなかったのだと言うにはあまりにも正直過ぎた。



「聞きたかったから」



薄暗い空間に低い声が響いた。
それを聞いて、銀時も自覚する。
素直に正直に言えないこの少女に不満を持ったことはあっても、それがお妙だと思っていた。
荷物を持てとか稼げと言うことは本音をぶつけてくるくせに、自分の気持ちには不器用な女。
そんな彼女だから、言われなくても分かってやれることが自分達の一番いい形なのだと思っていたが。

「実際聞くといいもんだな、結構」

無理矢理引き出そうなんて思っていなかった。
だけどこうして耳にすればじんわりと染みた言葉はうっかり涙が出そうなほど。
あぁ、そんなことを思っていたのかと。
分かっていなかったことと同時に、ならば自分の気持ちも伝わっていないのだろうと思う。

「お前な、そんなん当たり前だから。俺なんてもっと酷いからね」
「……なに、が」

聞かれたことの羞恥で混乱していたお妙がやっと落ち着いてきたのか、首を傾げる。
ほら、やはり伝わっていない。

「何って、そういう恥ずかしいこと?」
「悪かったわね恥ずかしくて。じゃあ銀さんも言ってくださいよ。私だけとか卑怯だわ」

卑怯だとかずるいという問題ではなかったが、自分だけ吐露した気持ちが居たたまれないのだろう。
でも、そんなことはお互い様だ。
そんなに好きなのか、なんて。自分はもっと前に自覚していたと銀時は思う。

「キャバクラで働くとか冗談じゃねェし、ストーカーされてんのに普通にゴリラと話してるのもムカつく。
新八とか神楽や九兵衛に甘いのも腹立つ、ほっとけよ。
だいたい、商店街のおっさんたちが結成してるお妙ちゃんファンクラブとかなんなんだアレ」
「知りませんよ」
「そういう無自覚なトコとか、無駄に優しいとことか、お前らしいけど……」

貯めていた欝憤を晴らすように出てきた言葉たちに、お妙は瞬きをした。
言い返したいことは多分にあるのだろう。
だがしかし、それでもまだ銀時の口は止まっていなかった。
何かを言うか言うまいか迷っている仕草に、お妙はムッとした表情で唇を弾き結ぶ。
分かってるよ、と銀時は呟いた。
聞くだけ聞いて、自分だけ逃れよう等とは思っていない。
しかし今の言葉たちだけでもかなり恥ずかしい自覚はあるのだが。


「俺のことだけ心配してりゃいいのに、なにそこらへんのバカどもに愛想振りまいてんだとか無駄に腹立つし。
わらわら寄ってくる奴らにいつか持ってかれんじゃないかとか気が気じゃないし」


疑うわけじゃない。
でも、情にほだされやすい少女がいつか俺を放っていくんじゃないかとか。
あなたは大丈夫、とか言って他に手を差し伸べるんじゃないかとか。
それくらい、お前は優しいしバカみたいにお人好しだし、なんだか俺を強い人間だと思っているみたいだし。


「いっそ閉じ込めたら俺だけ見るんじゃないか、とか……」


俯きながら、転がり出た本音に今度こそ唖然とした。
違う、こんなことが言いたかったんじゃないと思わず顔を上げたら、同じように目を見開いたお妙の瞳がある。
違う、とは言えなくなった。
本心だ。
でも、そんなことをしてこいつの笑顔まで奪いたいわけじゃない。
違わないけど、違う、とどうしたら伝わるのか。

「あ〜……あァ、だからな、銀さんって人間をもっと大事にしろって言いたいワケで……」

強くもないしお前が誰かに笑いかけてるだけで苛立つような心の狭い男だから。
大人になりきれないことくらい分かってるだろう。
だったら、ずっと俺の手綱を握っていてくれ、とか。


「……なにそれ」


呆れた、と小さな女の声が振動する。
改めてみれば、先ほどの驚いたお妙の顔が苦笑に変わっていた。
くすくすと、本気で笑いはじめる。

「それこそ今更だわ、銀さん」

柔かな音が響く。
笑いながらも頬を軽く押さえるお妙は、顔が熱い、と囁いた。

「キャバ嬢やって、商店街でも人気の私が寄りにもよって銀さんを選んだのよ?そりゃあ悪趣味よ」
「あ?」
「恋愛経験は少ないけど、反対に今まで誰にもときめかなかった私がよ?あ、稲場さんは別だけど」
「いや、稲場さんもお前は選ばないと思うけど」
「うるさいわね。とにかく、そんな私がこの二十年近くで少なくない男たちを見てきてあなたがいいなんてバカなこと言ってるのに……
今更他のどんなバカな男に惹かれるって言うのよ」


あと、言われたほど銀さんを強いとか思ってませんから。貴方ほどのマダオに手を掛けたら他にかける暇なんてありません。
蔑みの言葉ばかり投げ付けられているのに、とても甘く聞こえるのは何故だろうか。
きっとそれも、彼女の本音に違いないからだ。

「……言い過ぎだろ。泣きそうなんだけど」
「あら、感動して?」

そんなお妙の瞳もわずかに潤んでいて、そんな綺麗に笑うなと銀時は思う。
思ったことを口に出したら、赤く染まった顔が俯いて黙り込んだ。


「たまには、言ってみるもんだな」


分かっていると思ってても、伝わってないことも、思ったより理解されてることもあるものだ。
お妙はただ小さな声で、そうね、と言うと、傷だらけの銀時の頬に柔らかい唇を落とした。








リクエストにお答えして甘さの強いのを書こうとしたら……なぜこうなった。
ボツ作品ばかりが増えてフリー小説が進みません。

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