十万打+一周年+閉店セール

□それが扉を開くの
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結局、こうなったら何が何でも合鍵を渡してやろう、というのが銀時の妙な意地だった。
求婚の一歩手前までした男にあの反応があるだろうか。
結局、情けで出された酒に口も付けず、商店街が開くとともに銀時は鍵屋に乗り込んできた、というところだった。


「……いや、振られただろ、それは」


ことの顛末を聞いた土方は、呆れた顔で煙を吐き出す。
お妙が去った後のお登勢の感想そのままを再現したようだった。
分かってるよそんなことは、という心中とは裏腹に、

「うるせーなァ」

小さく銀時は呟く。
勢いで来てしまい、すでに頼んだ鍵の出来上がりを神妙に待っているだけの、
傷心の男相手にもう少し優しい態度はとれないものか。
もちろんそんなものを求めたいわけではないのだが。

「……納得いかねェんだよ」

百歩譲ってお妙がそんなことを想定していなくたって、
自分のことを好きでも何でもなかったとしても、
引き下がるわけにはいかない。
と思うくらいには自分が本気だったと思い知らされた。
自分の申し出を断った少女が、ならば見合いの話を受けるところなど、想像できない。
そんな曖昧な気持ちのまま、銀時はここに小一時間も居座っているのだから。

「……アホらしい」

土方は灰皿にタバコを押しつけると、用事は終わったとばかりに立ち上がる。
暴れそうな男がいると言われてきた結果、いたのはただのしょぼくれた男一人だ。
本当に、阿呆だ。


「勝手にぶち当たって砕けちまえ」










何だったのだろう、なんてとぼけるつもりはない。
しかし何かが許さなかったのだ、とお妙は思う。
うん、と言えばよかったのだろうか。
いやしかし、どういうつもりだろうとずっと悶々としていた思いが、あんな言葉と合鍵一つで帳消しになるものか。
ならないだろう。させたくない。
自分の思いはもとより、銀時が自分に多少なりとも好意を持ってくれているのだと、
思いたかった。思っているはずだった。
それなのに、あの言葉はそれを確定させてくれるものではなかった。

「……どうしようかな」

あれから、銀時は一言も話さなかった。
怒られるかと思った。
怒鳴って、はっきりとした何かを突き付けてくれたなら。
なんて、思うのは間違いなのだろうか。

そんな思いをぐるぐると浮かべながら、口紅を置く。
今日は仕事だ。
うわの空で客を蹴り飛ばしたりしないだろうか。
なんてね、と苦笑して立ち上がった。

その途端、玄関から騒音が鳴り響く。


「オラァいるかァァ、まな板女ァァ!」
「あァ??!」
「……いや、ウソ、ごめんなさいキレイなお姉さん」


唐突な怒鳴り声に思わず反応して般若の顔で返すと、襖を開けた男が一歩下がった。
はっとして口を閉ざしたところで、相手が銀時だと気付く。
髪も服もぼさぼさで汚いけれど、まさか昨夜のあれから着替えてないのだろうか。
というか、なんだいきなり。

「……あのよォ」
「……はい?」

身なりを見定めていたお妙が、呼び掛けられて顔を上げる。
よく見れば男は髭も少しのびているし目が充血している。
まぁ酷い顔だわ、と言おうとしたところで、眼前に拳が突き付けられた。

「!……え?」
「おら、手ェ出せ」

殴られるとは思わなかったが、何のつもりかと。
手を出せ、と言われてなんとなくパーをだしてみる。ジャンケンならこちらの勝ち、なんて。
しかしすかさずに、そうじゃねェだろ、と小さな声とともに、出した手首を捕まれて引っ繰り返された。
そして、しっかりと握りこまされた手の平にあたった感触は、堅い。

「いいから、受け取れ」

もう引き取らない、とばかりに素早く手を引っ込めた銀時と、
手の中に鈍い光を持つ銀色を見て、お妙は呆れた。
本当に、この人は。

「……銀さん、」
「うるせー、いらねェとか言うなよ。持っとけ」

手を隠すように腕を組む男は、恥ずかしいのか顔を反らしている。
お妙の手の中には、できたてほやほやの、真新しい鍵がのっていた。
何の飾り気もないただの銀。
まさにこの人そのものではあるのだが。

しかし、お妙は知っている。
前に銀時に、お菓子のおまけで付いてきたドーナツのキーホルダーをあげたことがあった。
他意はない。お妙の持ち物のあらゆるものにはすでにマスコットがぶらさがっていて、
甘いものならいいんじゃないかと、その時たまたま一緒にお菓子を食べていた銀時にあげたのだ。
おもちゃのそれが、いつか、万事屋の居間のテーブルに放置されているのを見たことがある。
その先には、ちゃんと古ぼけた鍵がついていて。


「……銀さん、私、可愛いものが好きなの」
「ハァ?……あのなァ、可愛い鍵なんざないからね。それともキーホルダー買ってこいとか言うなよ。
お前の好きなあのウサギのキャラ付いたのとか、無駄に高ェんだよ」
「薄給の銀さんにそんなの望みません。でも私、言ったでしょ?
………合鍵は、いらないって」


その一言に、表情を固くする銀時を見て、お妙は内心で苦笑する。
それでももしかして、可愛いキーホルダーを探してくれたのだろうか。
高いから諦めた?
どれにしようか迷いすぎて面倒になった?
だとしたら、本当に馬鹿な男だ。そんなこと、望んでないのに。
ねぇ、ちゃんと聞いてよ。
受け取ってほしいんでしょう?
でも、私が欲しいのはこれじゃない。


「これじゃなくて、銀さんが持ってる鍵をくださいよ。
ドーナツのキーホルダーが付いたやつ」


分かっただろうか。
理解した?いい加減に。
合鍵などいらないのだ。


「どうせ銀さん、鍵なんてろくにかけないでしょ。
外に出てることの方が多いんだから、だったら無駄よ」


欲しいのはこれじゃない。
ピカピカの合鍵なんかじゃない。
それじゃ用が足りないのよ。


「本当の鍵を、くださいな」


勘違いして慌てふためく姿が少し見たかったなんて言えないけど、
いつまでも要領を得ないあなたもあなただ。
言葉を出し惜しみするなら、せめて本物を出してほしかった。
あなたの家に入るのに、もはや合鍵では足りないの。


「……何か言ってよ」
「え。いや、だってお前、じゃああれは」
「三度も言わせる気?
いらないのは、合鍵。
……一緒に住むなら、私にちゃんと管理させて」


家を守るのは、女の役目でしょう?




「……家に置いてきたから、取りに帰ェるか……?」
「そうね、でも今日はこれから仕事だから、ちゃんと鍵を開けて待っててくださいな」


そうしたら、今日だけはお帰りと迎えてよね。
そうして、汚れた銀色の鍵を手渡して欲しいから。











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