十万打+一周年+閉店セール

□戦う。僕らはいつだって
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「なんで銀ちゃんに任せたアルか?」

ぶちり、と面倒くさそうに草をむしりながら、神楽が首をかしげた。
根までちゃんととらないとダメだよ、と新八は注意する。
新八がかぶっているつば付きの帽子はいつもよりもおばさん臭さを追加しているようだ。
しかし傘を持ちながらの草取りが非常に不便だと気付いた神楽は、新八から押し付けられたゴム付きの麦わら帽子を不満げにかぶっていた。

「ん?なんか言った?」
「こんな草取りじゃなく、お前なら姐御優先するネ。しかも、なんでそれを、銀ちゃん?」

銀時が、長い一人暮らしのせいもあって料理が多少できることは知っている。
しかし世話を焼くなら銀時ではなくてやはり新八だろう。
今までだってそうだったのにと、神楽は首をかしげる。
そこで、代わりに自分がと名乗っても拒否されることは目に見えているのだけれど。

「……姉上は今、何かと戦ってるみたいだ」
「何?敵アルか?だったら私が助けに行くネ!」
「そうじゃなくて。なんか……僕にもよくわからないけど。
最近は無茶っていうほど仕事してるし、家事もこなそうとしてるし。もちろん弱音なんか吐かないし。
昔からそういう人ではあったけど……」

新八は話をしながら、一つ一つ根っこまで、丁寧に草を抜いていく。
神楽が乱暴にむしり取ったところには根が残っていてところどころ緑が突き出ているのに、新八が草を取った後にはきれいな土だけが残っている。

「倒れてね、何でこんな無理するのって聞いたんだ」
「……姐御はいつも無茶ばっかりネ」
「そりゃあ、君も銀さんもだね。僕の周りは無茶ばっかりだ。でも、」

ぽたりと、新八の頬から汗が滑り落ちた。
それをタオルで拭いながら新八は、ずっと戸惑った顔をしている。
こんなところで何を、という顔。
でも、それに反して何かを理解しているような顔。
神楽にはそれが分からない。

「負けたくないから、って、姉上が言ったから」
「……新八、助けに行かないのカ?」
「……僕じゃ無理。多分。でもね、」

戦ってる、という相手がなんなのか、神楽にはわからない。
そんなに強大な敵なら、みんなでやっつければいい。
自分と、銀時と、新八と、お妙がいるなら敵わない相手などいないと思っている。
だけど、と新八は笑うのだ。

「姉上は怒るかもしれないけど、僕は、それはきっと大した相手じゃないと思ってるんだ。
得体が知れないけど、きっとバカみたいな相手なんだ」

だから、銀さん。
そう笑って、少し休憩にしようかと立ち上がる新八に、神楽はアイスを買って来いと強請った。
戦ってるのは、お前も一緒じゃないか。







差し出された手の強さを知って、お妙はそれを取らずにいる。
あぁやはりダメなんだわ、と諦めの言葉が思い浮かんだのはすぐのこと。
敵うはずもない。こんな強い人に。
負けたくないと息巻いて、無茶ばかりしていた自分はそのときすでに負けていたのだと、お妙は理解する。
諦めた。諦めた?のだろうか。
それにしてはそれほど落ち込んでいない自分にお妙は内心で首をかしげる。
そうであるならば、さっさとこの手を取るべきだ。
取るべきではないと、心の奥底から声が言うのだ。
持ち上げられてはかなわない、と。

「……んだよ、いらねーの?」

いつまでも手を伸ばさないお妙に業を煮やしたのか、栄養ドリンクを持った手を銀時はあっさりと引っ込めて、代わりとばかりに飲み干した。
小さな瓶が畳の上にころりと転がる。

「お前なァ、あんま、周りに心配かけんじゃねーよ」

あ、これちょっと甘くて美味いな。
言いながら他のものがないかと袋の中をあさる銀時に、お妙は今度こそ首をかしげる。
心配?したのか。

「……バカね。心配なんてしてもらうことないのよ」

怒られることはあれど、心配される価値などないのだ。
気付いた。気付いてしまった。いや、知っていたのだ最初から。
負けまいと努力をするふりをして、自分が最終的に望んでいたことが。
だって自分の限界なんて知らないとでもいうように挑んでいくこの人と違って、自分は自分の体力の限界も能力の限りもわかっている。
銀時は不思議そうにこちらを見る。
そうね、あなたは限界など来てもそれをいつも超えていってしまうから。
けれどそれは自分には無理だったのだ。
たとえ自分の限界を超えることはできても。
できても、一ケタ違う男にどうしてついて行けるだろうか。

「……どうして来たんですか?」
「は?」
「依頼が入ってたんでしょう?最近は大きい依頼も多いって聞きました。
こんなところに来なくてもも、よかったのに」

銀時がどんな顔をしているのか、うつむいたお妙には見えない。
見たくもないと思った。
きっと、面倒な女だと思っているに違いない。
病気でもなんてもない、過労なんてただの力不足なのに。それだって自分には大変だったのだと心の中で言い訳をする。
それだって、普通なら大きな仕事を優先するでしょう?なんて。

「なんて、素直にいえない自分が腹立たしいんです」

銀時の行動なんてお妙にはわかっている。
来るのだ。確かに来た、この人は。
思い通りで、本当に思った通りで馬鹿みたいに。
そうさせたのが自分だということに、少しの罪悪感と優越感と、限りない自己嫌悪。

「悔しかったのよ」

軽々とこの人は乗り越えていってしまう。
いや、軽々というのは間違いか。
自分の身を引き裂く真似をしてこの人はそれでも乗り越えていくのだ。
それが当然だと思っている。できるから。
だけどそんな風に圧倒的な差を見せつけられては、努力する気だって失せるのよ。

「背中が見えなくなるのが怖かったから、全速力で走って転んだふりをしたの」

そうして、驚いて、振り返って、走って戻ってくればいい。
落ちた私を拾いに、一緒に落ちてくれればいいと思ったの。



「……妬んだのよ」



そんな汚い、弱い自分を、知りたくなかった。知りたくなんてなかった。
全速力で走ったのは嘘じゃない。
それで、もしかしたら追いつけるのかと思った。
でもやはり、無理だった。
だから、足を引っ張ったのだ。



「………バァカ、ちげーだろ」



しばらく沈黙をしていた銀時は最初は驚いて目を丸めていたが、
お妙が視線を上げると、なぜか顔をそむけて大きなため息をついている。
呆れたの。そう。当然ね。
なのに銀時はもう一度手を伸ばしてくるものだから、お妙は拒むことができない。
自分が引っ張り込むはずだったのに。



「俺にはなァ、『置いてかないで』って、泣いてるようにしか見えねェよ」



引っ張られて、温かい感触に包まれた。
驚いたのは一瞬で、すぐに与えられた安心感に抗いたくなる。
そうじゃない。自分が望んだのはそんな優しいものじゃないはずだ。
苦しみを、痛みを、彼にも分けて味あわせてやりたいと思ったはずなのに。

「……泣いてないわ」
「じゃあ泣けよ」
「嫌よ。泣いたらあなたも苦しんでくれるの?」

無理だ。
だっていまさら気付いた。
この苦しみは自分のもので、自分だけのもので、誰かに分け与えられるものではないのだ。
彼には絶対伝わらない。
その証拠に、



「泣いたら、おんぶして走ってやるよ」



ぬくもりとともにさっきまで渦巻いていた黒い感情が消し去られ、
長く蝕んでいた苦しみなど等に失せて、優しさだけが残るのだから。










→あとがき

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