拍手ログ&Hit記念

□春になる前に
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手紙が届くのは不定期だ。
二ヵ月に一回、三ヶ月に一回の時もあれば半年に一回の時もある。
一ヶ月に一回来たことはないが、それほどまめな男ではないとは知っているので不満には思わないが。

今日も、郵便受けを見たら乱れたミミズのような文字が連なった絵葉書が届いていた。
最初は真っ白な葉書に「宿で食った鍋がマジうまかった」とだけ書かれていた。
それを思えば、旅先で購入されたのだろう、美しい風景の絵葉書は彼にしては気を遣っているのだと思う。
紅葉が綺麗だった、とか、雪ばっかでさみぃ、という文句だったりとか。
お妙は早朝に届くそれを受け取ると、そっと匂いを嗅ぐように顔に近付けて、微笑む。
何処から何処まで行っているのか分からない彼にはこちらからは送れない。
彼だって、届いたものがちゃんと読まれているのか、もしかして宛先不明で戻って行ったってすでに旅立っていれば分からないはずだ。
それなのに、この一方的な日記のような通信はここ数年間続いている。


「……字はちっとも進歩しないのにね」


見た目はどうだろうか。とっくに本当のオッサンになっているんじゃないか。
写真が無いから分からないが、見たいとは思わなかった。
私だって随分と大人っぽくなったのよ、とお妙は呟くけれど、それを伝える術はない。
なくていい。


「……確かめに来てよ」


寂しい気持ちは不思議とない。
この、気紛れに届く葉書だけで気紛れな男を思う。
寂しいんじゃない。
だから、写真も電話もいらないから。


「いい加減、会いに来てよ」


早朝はまだ寒い。
早く起きた日や、仕事明けに見つけた葉書を、寒さに震えながらそれでもその場で何回も目を通す。
体が冷えきった時にやっと部屋の中に入るその行為を続けている。
「志村妙 様」と書かれた宛名にいつも笑う。
様、だなんてどんなしかめ面で書いているのだろう。似合わない。
そっと笑って、家に入った。






今日は、蕾の絵だった。
桜だろうか梅だろうか。随分と南に行ったらしい彼からの葉書はこちらにはまだ早い。
早すぎないだろうか。
仕事を終えてきたお妙は眠そうな目を擦りながらそれを見つめた。
ふと気付く。いや、気付けない。
垂れたような文字は見当たらなかった。
目を凝らしても、絵の模様に混ざっているのかと思っても何もない。
引っ繰り返せば汚い字がお妙の名前を示しているだけだ。
だけ、だが。
その宛名は「お妙へ」の一言。
住所もない。

どくりと心臓が鳴って、慌てて家に入ろうとすると、玄関口に座る男に目を奪われた。
まだ凍てつく空気の中に、蕾の絵が落ちる。



「……早いと思った」

「あぁ、これ、去年買ったやつだからな」



記憶より更に骨張った手が葉書をとった。
オッサンに変わりはないわね、とお妙は笑った。

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