十万打+一周年+閉店セール

□真綿の糸で縛るよう
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嘘だろう。
ないよね、うん、ないよ。

独り言を呟きながら銀時は歩いていた。
俺が、三十路前のわりかしモテて遊んできたナイスな俺が、あの恋の一つもしたことないような凶暴小娘相手に。

「こい……?」

なんだそれ、食えるのか。
さすがに池の中を泳ぐアレを食べようとしたことはない。
そこは人間の領域を守ってきた。
つまりそれを食うってことは人間というか自分を捨てることだよ落ち着け銀さん。
醤油とマヨネーズとか、生クリームとハチミツかければ案外食べれるものだろうか。


「……って食う前提で話を進めてんじゃねーよ!!」

「何一人で言ってるんですか、銀さん」


気付いたときには万事屋だった。
顔を上げれば新八がいて、窓の外には明るい太陽の光が溢れている。
あれ、と記憶をたどってカレンダーを見れば、記憶していた日付から一日が経過していた。
長谷川と飲んでいたはずなのに。
そう思って首を傾げて、知った事実に愕然とする。

夜中から一睡もせずに、ある一点の思考に集中していたという事実だ。

「……嘘だ」
「何がですか。ほら、珍しく早起きしたなら掃除手伝ってくださいよ。
まったく、今日は姉上もぼんやりしてたから僕、家の家事も済ませてきたのに」

姉上、という言葉に肩が跳ね上がったのを、銀時は自覚せざるをえなかった。
そう言えばお妙は新八の姉だった。と当たり前のことを思う。
しばらく会わなければ聞かなければ元に戻ると思ったのに、シスコンの従業員はことあるごとに穴を掘り下げる。

「……今、あいつの話出すな」

大人げないとは思わなかったが子供じみたことを告げた銀時を、新八は不思議そうな目で見た。
しかし昨日の出来事も銀時の心情も知る由がない新八には、それはいつもの仲違いにしか思えない。

「ほんと、仲悪いですねぇ。姉上も銀さんサイテーって昨日は怒ってたし。
……あ」

あ、じゃねェよ。
銀時は舌打ちをしながらソファから抜け出した。
最低。サイテー。
結構なことだ。
こちらとて綺麗な世界を歩いてきたわけではないことに、それでも胸は張れる。
括弧、恋愛を除く、括弧閉じではあるが。

「あーあー悪ぅござんしたね。どうせ俺は汚れた大人ですぅ」
「いじけないで下さいよ、可愛くねーし」
「うるせーよ」

新八に可愛いなんて思われたくないな。
思いながら冷蔵庫からいちご牛乳を取り出す。
大体、人の性癖くらい放っておいてくれたっていいだろう。
迷惑は、少しくらいはかけたかもしれないがそれほどでもない。


「銀さんはもっと、大事にするべきだって、言ってましたよ」


散らかったテーブルの上を片付けながら新八が言った。
缶ビールが転がっているのすら記憶にない。
それを横目で見ながら、銀時は軽く舌打ちをする。
またそれか、聞き飽きた。
そんなに何度も言わなくたって馬鹿じゃないから理解できる。
理解したそれが、さらに苛立つのが少し不思議ではあったが。


「そりゃあ、おめーの姉ちゃんはそんな男がタイプなんだろうよ」


真面目で、実直で、酒もギャンブルも女も楽しまないような面白みのない男。
だけど多分、何よりも女を優先するような。
考えたら吐き気がして、銀時は唇を噛む。
それが俺に何の関係があるんだ、と小さく呟いて、銀時は乱暴に牛乳パックを冷蔵庫に戻すと、着流しを手に玄関に向かった。
どこへ、と問うてくる少年に返事は返さない。
そんな上司の姿を、新八は首を傾げながら見送った。







恋。ね。
これがそんな馬鹿げた感情なら、気付いた瞬間に終わりを迎えたのだと銀時は思う。
町を歩けば声をかけてくる遊び人の女も、挨拶を返してくれるだけの清楚な娘も、銀時は今はあまり興味がない。
好きだと気付いたからって、それが叶うわけもないのだと、不覚にも先程の自分の台詞で思い知った。
過ぎてきた人生を後悔しても遅いしそんな殊勝なマネはしない。
しかし、彼女はこんな男など好きになるはずもないのだ。


「……くっそ……」


勢い余って通りすがりの壁を蹴り飛ばせば、やくざの敷地だったらしく追い掛け回された。
踏んだり蹴ったりとはこのことか。
泣きっ面に蜂の方が正しいかもしれないが、泣く気にもならない。
誰が泣くか、こんなところで。と思ったところで、背後から声をかけられた。

「どうした、銀時」

なんでこんな時に声をかけてくるのが、頼りになりそうもない同志なのかと嘆きたくなったが、
そう言えば自分の知り合いにこんなことで頼りになりそうな人間はいなかったと悟った。





「の割にぐだぐだと喋るな、お前は」
「うるせーな、声をかけた責任はちゃんととれよ」

相談をしているとも愚痴を聞いてもらっているとも思えない態度に、桂は声だけで笑った。
話し掛けなければよかったとは思っていないのだろう。その顔はとても楽しそうだから。

「そりゃあ、遊びまくりの男など女子は嫌がるに決まっている」
「お前に女心を教わるとは思わなかったけどね」
「こんなに女装の似合う男が他にいるか!?」
「見た目の話じゃねェ!」

見た目だって、長い付き合いの自分から見たら気持ち悪いだけだと銀時は思ったが、恋愛相談と悟った瞬間、女装をしてくれた友人には感謝すべきなのだろうか。分からない。
桂は長いため息をついて、公園のベンチに座った。

「そんなの、お前がその悪癖を直せばいいだけだろう」

言われたのはもっともな言葉で、銀時は言葉に詰まる。
しかし、それを直したところで何かが変わるのだろうか。
変わらない気がする。
すでにお妙の中で銀時は最低な男として認識されているのだから。
そしてそれを直したところでどうしろと。

「女遊び止めたからって言うのか?アホじゃねーか」

どんな告白の仕方だ。
まともな告白などしたことがない銀時にも、それが正常ではないことは分かる。
つまり、すでにもう手遅れなのだ。
いまさら彼女を大事にしようとしたところで、それは無残に捨てられるに違いない。

あぁ、まったく。


「情けねェなァ……」


深いため息をついて肩を落とす。
なんだ、こんなに落ち込めるのかと客観的な自分が少しおかしかったが、笑う気にはなれなかった。









帰ると、新八と神楽がお茶をいれてくつろいでいた。
なにサボってんだと言うと、アンタに言われたくないですと返される。
もっともだ。

「銀さん、また女の人と遊んでたんですか?」
「ハァ?何の話だよ」

今度こそ冷蔵庫から取り出したいちご牛乳を口に含んで居間に戻る。
やっぱり疲れた時は甘いものに限る。

「姐御がさっき卵焼き持ってきたアル。途中で銀ちゃんが公園で女の人といちゃついてたって」
「……女とオカマの区別もつかねェのかよ、キャバ嬢のくせに」

せっかくの甘さが一気に薄れていくのを感じながら、銀時は苦さを飲み込む。
誤解だなんて言う気にもならなかった。

「ったく、いい加減うるせーって言っとけ」
「心配してくれてるだけでいいと思えヨ」

せんべいを頬張りながらつんとそっぽを向いた神楽の言葉が感に触った。
心配。誰が。何を。

「あいつが心配してんのは相手の女だかオカマだろ」

どっちでもいい。
彼女の関心は自分には向かないのだから、と不貞腐れて寝室に避難しようとしたところで、銀時の分のお茶を入れていた新八が顔を上げた。

「あ、さっきも思ったんですけど、それ間違いですよ。銀さん」

湯呑みの中を見て、あぁやっぱり出がらしは薄いなと呟く少年を思わず振り返る。

「姉上は、銀さんは、もっと自分を大事にすればいいのに、って言ったんです。
……駄目だな、煎れ直しますけど銀さんお茶飲みますか?」

唐突で余りにナチュラルな暴露に、は?と問い掛けることができず、銀時は曖昧に頷いた。
回らない思考の隅で、神楽が視線を投げ掛けてきたことには気付く。


「銀ちゃんは人を大事にできるんだから、もっと自分の感情とかも大事にすればいいのにって、姐御言ってたアル」


自分。自分とは何だろう。
何よりも正直に生きてきたつもりで、考えてみれば正直に面倒な感情を投げ出していたのだろうか。
とりわけ、この滑稽でたまらない訳の分からない苦みを。


「大事にして、そうしたら、絶対に大事にしてくれる人がいるのに、って。
……銀ちゃん?」

「……何だそれ」


首を傾げた神楽は、更に首を真横に曲げて分からないと口にした。
銀時にはさらに分からない。
いや、分かった気がした。
この小さく芽生えたものを大切にしたならば、それは返ってくるのだろうか。
期待、しろということか。


「……馬鹿じゃねーの、アイツ」


ため息と呆れ顔を手で覆ったのはカモフラージュだ。
自分で自分の首を絞めるようなものだと、教えてやることはできない。
何様だと囁きながら、銀時は口元が弛むのを止められなかった。





言ったことには責任を持てと、今から彼女を脅しにいこうか。









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