十万打+一周年+閉店セール

□いつか果てる時までは
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拍手「春になる前に」の続き



長旅から帰ってきてから、銀時はここ一ヶ月縁側でただ呑気に過ごしている。
惰眠を貪り、たまにご飯を作ってくれて、お妙がその後片付けや洗濯物を干すのを何とはなしに見ている。
いい加減休みすぎじゃないか、とお妙は思ったが口には出さなかった。
考えてみれば旅立つ前の彼も同じようなもので、単純に自分がそれを忘れていたと気付いたからだ。

とはいえ、ずっと見られているのは気分が悪い。
銀時は何も言わず、言いたげですらない。
庭の緑を見るように視線だけでお妙を追っているのだ。
そこにどんな感情が含まれているのか、お妙には分からない。


「……そろそろ、お昼にしましょうか」


お妙は募り続ける問いを胸に提案した。
軽くあくびをした銀時は、そうだな、と呟いて立ち上がる。
お妙はいつもそれを不満そうに見つめていた。


「私が作りましょうか?」


控え目に問うてはみるものの、かなりの確率で銀時は手を振る。


「いいって、座っとけ」


そう言って台所に立つ銀時の体は昔に比べて少し痩せた気がした。
年もとった気がする。
脳内で美化されていただけだろうかと思うが、前が今より格好いいだとか、大人びたなどお妙は感じなかった。
ただ、数年に渡って各地を歩いてきた銀時はやはりどこか、お妙には分からない空気を纏っている。


「いただきます」


それでも、作ってくれたチャーハンの味は昔のままなのがアンバランスで落ち着かない。
こうして、何でもないような時間を過ごしているのが奇妙で、当然な気もする。
わずかな懐かしさはこの一ヵ月で早くも風化してしまって、どうにも居心地が悪い。


「片付けは私がやりますよ」


銀時が、空になった器を取ろうとするのを横から奪い取れば、記憶より少し骨張った手が見える。
あぁそう、と呟かれた声はそのままに。
近づいて匂った空気だけが。


「銀さんは、これからどうするんです?」


食器を水に浸しながらお妙は背を向けて問う。
最近は自分でも問うことが増えた気がした。
彼が帰ってきたばかりの時は聞けなかったからかもしれない。
しかし、男は真面目に応えない。


「んー?どうすっかな、そろそろ万事屋とか再開すっかね」


予想していた答えだが、万事屋の店舗はそのままにはなっていないし、新八も神楽も今はここにいない。
それは銀時も知っているはずだ。
お妙はそれに苛立ちを感じた。


「一人で?」
「前に始めた時も一人だったしな」


それで、自分はどうなるのだろうとお妙は思う。
自分は、まるでこの数年間何もなかったように過ごすつもりの男のようには、いかない。
銀時がくれた葉書の分だけ、年月は確かに経った。


「……どうして、」


旅に出たの、とは今さら聞けなかった。
数年前も聞かなかった。
行く、と言う男に、お妙はただ、気を付けてとぼろぼろのおにぎりを渡しただけだ。
だから、戻ってきてねとも待っているとも言わなかった。


「どうして、戻ってきたんです?」


非難しているように聞こえたかもしれない。
お妙はただ、どうしていいのか分からなかったのだ。
このまま、数年前に戻りたいと思って帰ってきたかもしれない男が。

戻れたらいいとはお妙は思わなかった。
時間も、関係も。
銀時は知らないだろうが奥座敷のお妙の部屋の、押し入れの少し小綺麗な箱の中には葉書がたくさん詰まっている。
この数年間、銀時が送ってきたものを一枚のこらず取ってある。
それが例え、無地に「ハラへった」の一言であっても。
たまに届く、遠い土地の匂いを自分の物にして帰ってきた男に、どうして今まで通りなどと望めようか。
望むつもりもなかった。


「どうして、葉書をくれたの?」


気まぐれに届く葉書がなければ、お妙は何も思わなかったかもしれない。
変わってないようでやっぱりオッサンになったわね、雰囲気も変わった?
そんな一言で済んだのかもしれない。
しかし明らかに変化をともに見てきたお妙は、その変化を一瞬には済ませられない。


「……ねぇ、」

「お前が、たまには連絡しろって言っただろ」


銀時の声に肩を震わせ、お妙は振り向いた。
居間に座ったままの銀時の目は怒っているようでも悲しそうでもない。
お妙は小さく首を傾げた。
そんなことを言っただろうか。
言ったとしたってみんな、社交辞令にだって使う言葉だ。


「最初はだから、なんか一言でも、と思った」


確かにね。
しかしお妙は葉書を買って渡したりなどしなかった。
最初はこの住所を知っていることにすら驚いた。


「そのうちよォ、団子食ったら美味くて、お前らにも食わせてやりたいとか、

花なんて興味ねェけどお前は好きだったなァとか思ってよ」


だから、何となくだと銀時は言った。


「全く別の場所にいんのに、そこかしこでお前がうるさく出てくるもんだから」


あまりにも頻度が多かったのだと。
どういう意味だとお妙は叱れない。
だから、なに。


「ハガキ送んのとかもまァ慣れないうちは楽しかったけどな」


慣れるほど送られた記憶がない。記録もない。
そんなのはマメに手紙を送ってきた男が言うことだ。
お妙は何となく、続く言葉の正体を知る。


「つまり、」

「葉書を送るのすら面倒臭くなったってことよね」


洗い終わった食器を片付けて、食卓にお茶と煎餅を置く。
何だそんなこと、と言いたげに正面に座り込んだお妙に、銀時は眉をひそめた。

「んな言い方かよ」
「他に何かあるんですか?」
「いや、ないけども」
「ほらね」

お妙の物言いに銀時は不満な顔をするわけでもなく、そうかなぁと首を傾げている。
馬鹿らしい、とお妙は思った。
結局、この男は何も変わらないままなのか。
変わってしまったのは、ずっと待っていた自分なのだろうかと。


「俺はただ、」


お茶一杯をゆっくりと飲み干した銀時は、息を付きながら寝そべる。
ただ、何だろうかと。
興味も持ち続けられずに目を外に向けた。


「お前がどうなってんのかなぁって。
まだ団子好きなのかとか、この花また見てるのかとか、何ていうか……

見えないお前を想像するのに、飽きたんだよ」


だから、傍にいたほうが早いだろ。
それでも、喜ぶかと思う葉書を選ぶのは途中から楽しくなったんだけど。

小さな声で囁かれた思いもよらない言葉に、お妙は危うくお茶をこぼしそうになった。
視線をあげれば、面倒臭いのは間違いないけど、とまだ文句を言っている。
出ていったのは自分なのだから文句など自分に言えと思ったが、お妙は言えなかった。


「あの最後の葉書は、」
「あぁ、………まぁ、帰ろうって決めたときにさ、これだけは送りたいなって」


銀時の最後の葉書は、彼の手によって郵便受けに入れられた、美しい桜の蕾だった。
早過ぎた写真には、やっと季節が追い付こうとしている。
最初こそ質素だった絵柄がどんどん、綺麗になっていくのはお妙だって楽しみだったのだ。


「……いいじゃない、これからも送ってくださいよ」


彼が選んできたものは彼の変化で、それがお妙を変えた一因でもある。
その変化は、これからも多分ずっと続いていくものだから、お妙はそれを見逃したくないと思った。


「また出ろってか?老体に鞭打つ気ですか」
「出ろなんて言ってないでしょ。働いてはほしいけど」


今までの彼がそうしたように、これからの彼が自分に選んでくれるものを知りたくなった。
また見送ることはしたくないし、待つ気もないが、葉書は欲しかった。
宛先は、志村妙様、ではなく、お妙へ、で構わないから。



「だって私、今は、みたらしよりあんこが好きなのよ」



知らなかったでしょう。
前よりもずっと、変わったあなたを好きになっていることも。

言えば銀時は頭を掻きながら、今度買ってくると苦笑した。








この世界は私もあなたも巻き込んで変化し続ける世界だから、
立ち止まる訳にはいかない私たちは、やはり進むだけなのだ。









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