十万打+一周年+閉店セール

□時は残酷だけでもない
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人間とは、日々進化するものだ。
成長するのが人間とは言うけれど、いいことが生じればその変化の中に多少の歪みは生まれる。
しかしそれが悪いと言う人はわずかで、我々は進化するべきものなのだ。
探究されるべき。

そうだろうか。

教育系の番組をソファに寝転びながら見ていた銀時は、だるそうに手を出してテレビの電源を切った。
成長などしたくない、というのは惰性もある。
それだけでは済まされず、このまま止まればいいのにと思うのは身の程を知らない馬鹿な願いなのだろう。







この前、お妙に告白のようなものをされた。
アレを告白と言っていいものなのか銀時には分からないが、少なくとも銀時にはそう思えた。

『ずっとこのままでいられたらいいのに』

少し気恥ずかしそうに重ねられた手が温かくて、握り返したかったのは嘘じゃない。
嘘なんかじゃないが、躊躇したのは確かだ。
ずっと傍にいられたら絶対に幸せだろうと思う。
いつか幸せであることに慣れてしまうだろう程に、すんなりと心に居ついてしまう。
銀時にとってお妙はそういう存在だった。
銀時が子供すぎるせいか、お妙が大人びているせいか、はたまたお互い流行りに無頓着なせいなのか、ジェネレーションギャップなんてそれほど感じなかった。
それでも、迷うことはあって、俺もだと返せなかった銀時をお妙はどう思ったのだろう。
名残惜しそうに離れた手の温度が火傷のように残っていた。











「何で振ったの?」

問われて、銀時は首を傾げた。
目の前にいるのはキャバ嬢の集団と眼鏡のくの一、吉原の死神太夫まで。
それらいくつもの瞳に見つめられても優越感など感じられないほど、幾重にも重ねられた目線は冷たかった。

「ハイ……?」

銀時にしてみれば、意味が分からないとしか言い様がない。
振った?何のことだ。
しかしそれを口にする前に、少女たちから飛びかった苦情の数々に銀時は息を飲むしかなかった。

「あれだけ気をもたせといてどういうつもりですか、旦那?」
「いくらお妙が凶暴がめつい女だからってそれはないわよアンタ」
「それって銀さんは私のものになるってことでいいのよね?いいのね?告白ととるわよ」
「んなわけなかろうが。お前な、銀時……」

一際鋭い目をしていた月詠が、煙管から細い煙を流す。
ため息のような、戸惑いを示してそれは銀時の鼻孔を刺激した。


「何で、お妙を振ったりした?」


曰く、銀時は幼気な少女に気を持たせた挙げ句面倒になって遊ぶのを止めた最低男として扱われていた。
誰だそれ。
銀時の疑問もとぼけているようにしかとってはもらえず、非難は高まるばかりだ。
だけど、違うと言い訳をしたくはなかった。
するなら、もっと相応しい場所があるはずだと。

「うるせーな、お前らにカンケー、」

「ふざけるなっ!!」

空気を裂いて、罵声と共に飛んできたものを銀時は紙一重で避けたはずだった。
が、頬に小さな痛みが滲む。
恐る恐る振り返ると、後ろの壁には一本の立派な刀が突き刺さり、視線を戻せば眼帯の少女が今にも殺そうかという雰囲気で立っていた。
その殺気に、周囲の少女たちまでもが後退る。
銀時も、息を飲んだ。

「……九兵衛、あのな、」
「坂田銀時の分際で、よくもお妙ちゃんのことを傷つけるなど。殺される覚悟はできているだろうな」

せっかくの美形が台無しになるほど怒りを迸らせた九兵衛は、投げ付けたのとは別の刀を抜いている。
丸腰の相手に対してそれは武士道に反するのではないか、なんて突っ込む隙もなかった。


「……あのなァ、」
「言い訳するな!」
「言い訳じゃねーよ。つーかお前ら、振ったとか言うけどな?」


違うだろうと、今だけは否定できるそれは銀時にとっては痛い事実だ。
違う、違うんだ。
うなだれて呟く銀時を少女達がどう思ったのかは分からない。


「あいつは、違うんだ」


拳を握れば、名残の温かさを思い出す。
あの時お妙が言った意味の本意がどれくらいだったのか、銀時には分からなかった。
このままでいられたら、と彼女は言った。
このままでは無理だ、と銀時は思っていた。
だから、手を握り返すことが出来なかった。


「振ってなんかねェよ。俺が、俺のほうが……」


地獄よりも深く落とされたのだと、気付いてしまった。














家に戻ると、お妙が所在なさげに居間に立っていた。
銀時を見ると、申し訳なさそうに笑う。
鍵は空いてたのに誰もいなくて、と言った少女は先程まで友人たちに擁護されていた存在だ。
どっちがだよ。
銀時は疲れた体をソファに埋める。
自分の方がよっぽど可哀想じゃないか。

「銀さん?頬、どうしたんです?」

お妙は銀時の様子に戸惑いながら、頬に手を伸ばしてきた。
お前の友人にやられたんだとは言えないが、横でついているテレビの音を聞きながら銀時は苛立ちを隠せなかった。
触れる、その直前で細い手を掴んで拒絶すると、お妙は目を見開いた。


「ぎん、」
「人の、寿命は……医療の進化と一緒に延びてるんだと」


遮って口にした言葉はお妙には意味が分からないのだろう。
怪訝そうに眉をひそめたが引くことはしなかったから、銀時の方から手を離した。
あの時の温もりはない。


「女は男より十年は長生きするらしくてよォ。お前も図太いから長生きすんだろうな」


何の話、と首を傾げながら、お妙は突き放された手を一瞥した。
そうか、お前には分からないのか。
銀時は小さく絶望する。


「不摂生でむちゃくちゃな俺は人より早死にすんのかな」
「……図太いのはあなたも一緒でしょ。百歳まで生きるわよ」


そうかな。そうだったらいい。
でもそんなのはきっと奇跡で、銀時は命を厭わない自分を知っている。
それなのに、不相応な願いを抱いてしまったことも。


「お前は……、俺がお前と離れるのにどんなに怯えてるか知らねぇから」

「ねぇ、さっきから、」

「お前の方が残されることに怯えてるくせに」

「何を言ってるの、」

「俺が、」


振った?違う、冗談じゃない。
自分とお妙じゃ気持ちの重さが違う。
年齢も、性別も違う。
死ぬ時期だって、きっと違う。


「お前は同い年とだって十年の差がでんのに、俺が死んでから何年も一人でなんか生きられるのかよ」


例えば自分があと一年若かったら、あと一年彼女と生きられるだろうか。
五年なら、五年長く。
同い年なら、きっとこんなことは考えなかった。
でもな、この差は残念ながら埋められそうにない。


「このままで、だ?」


そんな夢のようなことはない。
お伽噺のように、幸せに暮らしました、で終わるはずもない。
年をとって、いつか先に死ぬのは自分だと銀時は思っている。
そのあと、お妙はどうするのだろう。
まだ取り返しがつくくらい早く銀時が死ねばいいのかもしれない。
でも中途半端な時期に死んでしまったら、この寂しがりやの少女は泣いて暮らしたりしないか。
苦しんだりしないか。



「……何で俺、年上なんだろうな」



泣きたくなるほど切実な問いを口にすれば、本当に目頭が熱くなって銀時は顔を反らした。
視界にかすかに見えるお妙の足は止まったままだ。
分かったか。少しは俺のこの絶望を知ってくれ。
そうして、触れることなく出ていけばいい。



「……知らないわよ、そんなこと」



銀時の祈りに反して、お妙の柔らかな手が銀時の頬に触れた。
知るか、とはなんともぞんざいで情緒の欠片もない。


「でもね、私は銀さんが年上でも年下でも関係ないし、絶対に長生きすると思ってるし、」


だってしぶといもの。
そんな失礼な言葉と一緒に落ちてきた雫に、銀時が目を瞠る。
思わず顔を上げれば濡れた瞳が微笑んでいた。


「……なんで、泣いてんの」
「銀さんこそ」
「汗だっつーの」
「じゃあ私もです。あまりにびっくりしたから」


その割に、何でそんなに嬉しそうに笑っているのかが銀時には分からない。
自分は今、やっとの思いで離れた道を選ぼうとしているのに。


「もし銀さんが死んじゃったら、みんなと銀さんの話をしながら笑って暮らすから大丈夫よ」
「……何げに酷くない?」
「酷くないわ。
でもね、だから、その時のためにたくさんネタを用意してくれないと困るわ」


頬に触れたお妙の手か、少しずつ下がって、銀時の手に重なった。
どういうことなのか、銀時にはよく分からない。
分かるのは、お妙が自分の言ったことを理解したのだろう上でここにまだいるという事実。
そして自分の中の絶望がいつの間にか消えていることと、代わりに入り込んできた手の温もりだけだ。


「……なぁ、なんでんな笑ってンの?」


手の平を反して握り返しながら、銀時は尋ねた。
お妙は床に膝をついていて、視線は正面でからまる。
彼女の頬には、まだ涙の跡があった。






「だって……銀さん、
最初から死ぬまで私といることしか考えてなかったでしょう?」








それが嬉しい。












→あとがき
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