十万打+一周年+閉店セール

□真綿の糸で縛るよう
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*銀さんと女性との爛れた表現が(ほんの少し)あるのでお気を付けください






目を覚ますと見慣れない天井だった、なんてよくある話だ。
横目で胸元を見るとしなだれかかる肢体があるのも、全く焦らないというのは嘘だが今回はちゃんと記憶があるから大丈夫。
細くて白い腕は明らかに若い女の物だから、顔など覚えてなくても平気。
これは確か、三件目に突入して長谷川がつぶれた後に話し掛けてきた女だったと銀時は記憶をたどった。

「重てぇ……」

乗っかっていた身体を押し退けてベッドから這い出せば軽い声が上がったが、また寝に入ったようだ。
外はおそらく明るいだろうにこの空間はどこまでもけだるい。
自分にはお似合いな空気だと思いながら、銀時は服を着て部屋を出た。





女癖が悪い、とは昔から言われていたが銀時は自身をそう思ったことはなかった。
誘われたから乗った、それだけのことで、パチンコ転がすのと大差はない。
わざわざ遊廓で遊ぶほど飢えてもいないし金持ちでもなかった。
相手だってたまに騒ぐことはあっても大抵は一晩のお付き合いで済んできた。
何が悪い、といつか尋ねたなら、長髪の同志はため息を吐いて、いつか後悔するぞ、と言った。

それがこんな風に実現するなんて、思わなかった。



「最低ね」



知り合ったばかりの、一回り近く年下の少女ににっこり笑って言われたとき、銀時が感じたのは少しの苛立ちだけだった。
たまたまパチンコ屋の前で買い物袋をぶら下げたお妙と遭遇した。
会話は新八のことくらいしかなく、給料払えよ、無理、という会話をして通り過ぎるだけのはずだった。
それなのに唐突に現われた女と、私とは遊びだったの、というセリフに銀時もお妙も呆然とした。

「あんただってすぐに捨てられるわよ」

去りぎわに女がお妙に向けた言葉も表情も、彼女にしてみれば不満だっただろう。
銀時すら不満だった。捨てるも何も拾ったつもりがなかったからだ。
しかし、女が立ち去った後で、汚らわしいとばかりの引きつった笑みを向けられたら不平など言えなかった。

「最低ですね。酒にギャンブルに、女にもだらしないとかまるでダメなおっさんどころか人間失格よ」
「はァ?なんでお前にそんなこと言われなきゃなんないの。お前は俺のお母さんですか」
「私の子ならこんなダメ息子になるわけないでしょ。ついでにてめーの息子も最低だけどな」
「お前が俺の息子の何を知ってるンですか」
「知ったでしょ、今さっき」

チ、と舌打ちした少女は素早く踵を返した。
これ以上顔を見るのも御免だと言うような態度に、銀時も舌打ちを返す。
冗談じゃない、こちらだって被害者だ。
だから、足早に歩くお妙の後を追ったのは、余計なことを言い触らすなと釘をさすためだけだった。

「うるせェなァ。迷惑かけてねーだろ」
「現在進行形でかけられてるでしょ。ちょっと、あんまり近くに寄らないでくださいな」

あなたが摘んだ女の一人だなんて思われるのは我慢ならない、とばかりに顔をしかめる。
そう言われると嫌がらせしたくなるのが性ではあったが、少女の顔があまりにも嫌悪を表していたものだから、銀時は立ち止まってしまった。


「お前みたいな経験値ゼロの処女に手ェ出すほど、節操ナシじゃねェよ」


あ、やばい。
もしかしたら泣くんじゃないか。
そう思った銀時が自分の口を押さえて伺った視界の中で、お妙は無表情で振り向いた。
と言うより、心底軽蔑したという眼。


「そんな風に大事にされないまま抱かれるくらいなら、一生処女で結構よ」

「……あ、」


夢見過ぎだろ、とか、だからモテないんだとか言う言葉があったはずだ。
しかしそのどれも言えない間にお妙は走り去った。
『大事に』?
そんなことは考えたこともないから知らない。
お互いただその時が楽しくて気持ち良ければいいだけだった。

重いだろ。

言ってやろうと思った言葉は、次回に持ち越しても言えないと思った。
彼女の気持ちは少女らしくてやはり重い気もするが、自分が軽過ぎたことにも気付いた。
そして、そんなお妙がじゃあどんな恋愛をするのかと考えたら、もう嫌味すら言えない気がした。

「……大事に、ねェ」

そんな彼女に愛されたなら、大事にしてくれるのだろうか。
恋愛ごとにおいて相手を大切にしたこともされたこともない銀時には、それがとても魅力的に思えた。







「要するに、叱られて惚れちゃったってことだよね?」
「え。いやそれぶっとび過ぎじゃね?え、俺そんな恥ずかしいこと言った?」

呆れた顔で水割りを飲み干す長谷川に生暖かい目で見られ、銀時は危うく日本酒を零すところだった。
何となく、今日は水割りでは酔えない気がしたからだったが、まだ酔ってはいない。
ハハ、と笑いをこぼしながらサングラスを直す男は頷いた。

「うん、中学生かってくらい。いや、いいと思うよ」
「良くないんですけど。三十路間近でそんな目で見られるとかマジ我慢できないっつーか、
そうじゃねェし。俺はただ最低って言い過ぎじゃね?って話をしたいだけで」
「ああまぁ、最低だよね、男としては」

あっさりと言われて言葉に詰まる。
今までの銀時の女関係を、長谷川は詳細にではないが知っているはずだ。
しかし今までそんなことは言わなかったじゃないか、と理不尽な怒りが滲んだ。

「やぁ、そこはほら、お互い大人の男だからさ。わざわざ指摘するのもおかしいでしょ」
「敢えて指摘するなら最低ってことかよ」
「今までは相手もそうだからねぇ……でもお妙ちゃんみたいな子からしたら、不純ではあるでしょ」

そもそも、今日の女の子が詰め寄ってきたことがその証明じゃないかな。
そう最もなことを言われて、お猪口を持つ手が震えた。
そうか、俺は不純なのかと今更知る。
苦いものが込み上げてきて、お猪口の中身を一気に飲み干すと、喉が熱くなった。
反対に、頭は寒いくらいに冷めている。

「……っつったって、あいつに注意されることじゃなくね?
いや、今後はこんなことないように相手は選ぶけども」

そうだ、選んだ相手が本気だなんて思わなかったから失敗しただけで、選べばいいだけだ。
そんな反省の色などまるでないことを呟くと、隣からは小さなため息が流れてきた。

「銀さんが、それでいいならね」

「……は?どういうこと?」

いいもなにも、面倒なことは御免だ。
今日みたいなことがあるなら、選別は多少面倒臭くても気を付けるべきだとは銀時は思った。
正しい答えのはずだ。
なのに、なぜ。


「だって、お妙ちゃんが好きなんだろ?」


は?

と、銀時は返すことが出来なかった。
代わりに、口に含んでいた酒を思い切り吹き出す。
咳き込んで苦しくても、銀時はすぐに言葉をつなげようとした。
いや、そんな疑念を今すぐ断ち切るために否定の言葉を投げなければ。

「げほっ、うっ、はァァ!?いや。イヤイヤイヤ何言っちゃってんの!?」
「あれ、さっきも言ったのに」
「言ってねェし!誰が言うかァ!」

あまりの煩さに店員と周囲の客から非難の視線が飛んだが、銀時は気になどしていられない。
申し訳なさそうに周りに軽く頭を下げる長谷川の襟首を掴んだ。

「な、なん、何が、」
「いやいやほらちょっと落ち着いて、銀さん」
「落ち着いてられるかァァァ!!
さっきの言葉のどこをどうとったらそうなりますか!そんなに俺の言葉は足りなかったですか!!」

唾がサングラスに飛んだが、そんなことは銀時は気にしない。
代わりに、汚いと騒ぎながらサングラスをお手拭きで拭く男は、襟を捕まれるのに慣れているのかそこには動じない。
ただ、薄暗いグラスの向こうでその細い目をさらに細めながら笑った。



「だって、大事にされたい、って聞こえたよ」










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