十万打+一周年+閉店セール

□鶏が先か、卵が先か
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飛べない鳥は何処へ行く」の続き
お妙さんの足が動かない話
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足が使えない生活というのに、慣れるまでそう時間はかからなかった。
動かなくなってしばらくの期間を一人で遠い地で過ごしたせいで、その事実を受け入れる時間も、動かないのにくっついている足を道具のように使う術も覚えていたから。
不便なものは不便。しかし、なくても生きていけるものというのは案外多いのかもしれない。
そんな自分がかぶき町を離れたのは、病に蝕まれた足のように、今度は自分が仲間たちの足枷になると思ったからだ。
ここでは生きていけないと思ったわけではない。彼らも、私がいてもいなくても、生きてはいけるだろう。
しかしそれを彼らの不便と片付けてしまうには、精神的な負担が大きすぎた。






「オイ、買ってくるモンとかあとないか?」

戻ってきてからというもの、銀さんはとても過保護になった気がする。
私はもちろん彼にとっても、弟である新八にとっても初めての体験ではあろうからどうしていいのか分からないのだろう。
何かしてほしいことはないか、どういうところに気を付ければいいか、伺うように訪ねてくる様に苛立ちを覚えることもあったが、それも慣れてきた。
その期間を乗り越えて多少おさまった彼の気遣いは、それでもまだ戸惑う。

「平気です。重いものだけ買ってきてくれれば、あとは私が外に出たときに買いますから。車いすも自分で動かせるのよ?」

彼も見て知っているはずの事実を、にこりと笑って伝えてやる。
室内は膝をついてでもいいし、外での車いすでの移動にも慣れてきた自分は大江戸スーパーに買い物にだって行ける。
最初は周囲の視線が痛かったが、やはりここは温かい町だから、みんな当たり前のように受け入れてくれるのだ。
なのに、いつまでたってもこの男だけが、いつも通りの顔ででも明らかに前と違っている。

「心配し過ぎよ、銀さん」

高い位置にあるものはすべて下におろしてくれた。
玄関には手作りのスロープを付けて動きやすいようにしてくれた。
移動しにくいときは抱きかかえてくれたりもする。
傍にいるだけで十分だと思った私には、今の状況でもいっぱいいっぱいだというのに。

「いや、まァ、ないならいーけど。ついでだから。あ、この前みたいに無理に玉子焼とか作ろうとすんなよ。俺がいない時に爆発物創作されてもすぐ逃げれねーだろ」
「だれの料理が爆発物ですって」

お互い立ち上がった位置から前みたいに飛び蹴りをすることも出来ないけれど、銀さんはいつも膝をついて話をしてくれるようになったから、その顔に遠慮なく拳をぶち込む。
足に力が入らないから威力は劣るけれど、黙って受け止めてくれる男には威力など関係ない。

「最近はやってないでしょ。それに……私だって、戻ってきたからには変わらずにいろいろやりたいんです。
洗濯物は干せないから洗うだけでもするし、掃除だって時間かかるけど。料理だって簡単なものなら」
「いやいや、料理はもとから出来ないからね。出来るようになってたらビックリだわ」
「……包丁使うくらいいいでしょう?」
「手ェ切ったらどうすんだ馬鹿。自分の不器用さ甘く見るなよ」

分かってはいる。前とは違うのだと。
救急箱をすぐに取りに行けるわけでもない。
万が一の時に自分ですぐに病院に行けるわけでもない。
火傷したって水で冷やすにはシンクの前に置いた椅子によじ登らなければならない。
でも、ねぇ、それってどうなの。

「……甘いのは、銀さんの頭の中よ」
「はァ?確かに銀さんの半分は糖分で出来てますけど。さすがに食っても甘くねェよ」
「誰が食べますかそんなもの」

顔をそらして外を見る。
新八だって、最初は心配していたが今日みたいにまた、お通ちゃんのライブに顔を出すようになった。
一日一回は神楽ちゃんが様子を見に来てくれる。
なのに、この男だけが、甘ったるすぎて胸やけを起こしそう。

「……銀さん、同情しないで」

ねぇ、その甘さの底に苦みがあるんじゃないの。






迎えに来てくれたことに喜んで、戻ってきたことがやはり間違いではなかったかと思ったことは何度もある。
あるけれど、そのたびに叱咤されることも分かっていたから口にはしなかった。
しないのに、いつも鈍感なはずの彼がそういう時だけ、眉をひそめてじっとこちらを見てくるものだから、余計に何も言えなくなるのだ。
なのに、言ってしまった。
彼が同情で優しくしてくれているとは思っていない。あるかもしれないが、それだけではないのは確実だ。そんな人ではないと知っている。
これは自分の中の劣等感の問題。
1人で出来ないことが悔しいとか、頼るのが情けないとかももちろんある。
そこに加算される恐怖は、あの白い建物に入る時にも常に心を覆っていたものだ。
怖い、怖いのだ。
戻ってきた今、なおさらに、怖い。
戻ってくるときは諦めてからと思っていた。彼への恋情など全て捨てて。
1人で生きる決心をしてからと思ったのに、彼が無理やり連れだした。
いや、それについてきたのは自分で、嬉しかったのは本当だ。
それでも、今も彼があの時と同じ気持ちでいてくれるのかは分からない。
自分を「家族」だと言い切った彼の、それが本心であることは疑わないけれど、家族だって足枷にはなる。
あの時に自分を連れ出すために、おそらく自分が彼に言わせてしまったその言葉が、今彼を縛ってはいないだろうかと。

「負担じゃない?」

面と向かって率直には聞けないことを、お妙は一人の部屋で呟いてみる。

「疲れてない?
 毎日、様子なんて見に来なくていいのに。
 不便だって、生きられるから大丈夫なのに」

聞けない。言えない。こんなこと。
呟いて見せたのは本心だけではない。
むしろ、言うべきなのに頷かれるのが嫌で避けていた言葉だ。

「大丈夫よ。1人だって。
 何も、してくれなくていいの」

諦めて、けれど笑って皆の幸せを祝えるようになってから戻ってこようと思っていた自分の、なんと愚かなことか。
これだけの時間をかけても駄目じゃないか。
むしろ銀さんへの思いは日に日に増していく。
離れていたときだって、余計に染みこんでくるようだった。とっくに彼への思いで溺れそうだ。
それでも、前の通りにふるまってくれたらよかったのに、彼は変わった。
増えた訪問の、傾けられる優しさの、注ぎ込まれる甘さの変化に耐えられない。

「こんなこと、望まなかった」

最高に罰当たりだと思いながら、神様を罵った。
こんな私だからこそ、こんな罰を与えられたのだろうか。






ふと気づいたら、外が暗くなり始めていた。
どうやら転寝をしてしまったらしい。
ぼんやりと薄暗い部屋の中を見回してみるが、銀さんはまだ帰っていないようだ。
いつもならすぐ戻ってくるのに、と思うと急に不安になる。
こんな後ろ向きな自分が嫌だ。

込み上げるものを飲み下して、足を引きずりながら玄関へ向かった。
別に探しに行こうと思ったわけではない。
1人では車いすに乗るのも一苦労だ、と知りながら、玄関先に置いてあるそれに目を向ける。
練習しておくべきだ。この先1人であろうとなかろうと、彼の負担を減らすためには一人で出来ることを増やしておくべきだと。
手を、車いすに伸ばしたところで、扉の向こうで人の声がした。

「よぉ」

聞こえた声は銀さんのもので、自分に向けられたものではない。おそらくその向こうの誰かに挨拶をしているのだろう。
しかし、そこまで戻ってきているという事実に、ほっと息をついた。
良かった、事故とかじゃなくて。
そんな偽善めいた自分に眉をひそめる。
本当は、置いて行かれたのではないかと訝しんでいたくせに。

少し遠くで会話が始める。
相手はどうやら不良警察の副長……土方さんだ。声を覚えてなどいないが銀さんとの会話の雰囲気で分かる。
そういえばあのゴリラも、最近になってよくまた顔を出すようになり、不在にしていた間も何度も家に来ていたと新八が言っていたなと思い出す。
見廻りも増やしてくれたらしいということも、聞いた。
本当に、優しい人ばかりの町で困るわね。
それでも、自分が出て行ったのも戻ってきたのもたった一人の男のためだと思うと、それだけではないのだけれど、うんざりする。

取りあえずは、居間に戻って待とうとしたところで、少し大きくなった声が扉をすり抜けて入ってきた。

「お前、なんか過保護じゃないのか?」

銀さんではない、もう一人の男の声。
そして、自分の心の声と同じセリフ。
はァ、と間の抜けた声に続く返しが気になって動けなくなった。

「なんだよ、ソレ」
「いや、心配なのは分かるけど。あの女の足、これからずっと動かないんだろ?もうしばらくたつし……そんな何もかもしてやって本人のためになるのか?」
「なんですか説教ですか。最近のお巡りさんは教育までするんですか。余計なお世話ですぅ」
「お前はいつも通りうぜェな」

チャンスなんじゃないか、と思った。
この会話を聞いていたら、銀さんの本心が分かるのかもしれない。
その保護者のような行動が、家族のような情なのか、憐れみなのか。あの男に奉仕欲があるとは思わないけれど。

「……俺だって、いつまでもこのままとは思ってねーよ」

すりガラスの向こうの男が頭を掻いているのが分かる。
そうね、いつまでもこのままじゃいられない。
足が動かなくなったって、時が止まるわけではない。

「それ、同情か?」

土方さんの言葉が心臓を揺らした。
彼が愛した女性の話を新八から聞いたことがある。
死に際にすら顔を出さなかったという男は、何を思っていたのだろう。
恐らく愛し合っていたのだろうという彼らの関係を、自分たちに当てはまるには状況が違いすぎるとは分かっているが。
こくりと、喉が鳴った。


「同情じゃねェよ」


確かに銀時の言葉で放たれたのは、静かな一言だった。
どくりと波打った後に、少しだけ、心臓が落ち着く。
しかしすぐにまた小刻みに動き始める。
じゃあなんなのか、それが分からないとどうしていいか分からない。
同情じゃなくて慈しみなら享受できるというわけでもない。
いや、結局どう言われたって、この状況を納得できる理由になるとは思えない。
けれど、知りたい。
どう思っているの、銀さん。


「何つーの、それだけじゃねェけど、罪悪感、とか」

「……罪悪感?」


気まずそうに呟かれた声。
自分の声はやはり土方が代行してくれたらしい。
罪悪感?なんだそれは。
なぜあなたが、罪悪感など。

「ありえねェとか言うだろうけどな?まァ、説明すんのも面倒なんだけど」
「そこは言えよ。そこまで言ったら」
「あそう?聞いちゃう?高いよ?」
「うぜェ、早く言え。煙草の灰が落ちる」

そうだ、早く言ってよ。
うちの玄関先に煙草の灰なんて落としたら車いす投げつけてやる。
頷きながら次の言葉を待つ。
あー、という銀さんの呻きと、大きなため息が聞こえた。


「あいつはさ、結構一人で何でもやっちゃうと思うんだよな。料理はできないけど、それ以外なら自分で稼いで、生活もきっちりして。その最たるもんが今回のことだったと思うわけよ」
「……一人で病院籠ってたって話か」
「なんで知ってンの。あ、新八と神楽送ってくれたもんな。
まァでも、俺はあいつがそういう女だってのは知ってたんだよ。知ってたから、ああいう行動をしたのは分かった」
「……それを止められなかったことを悔やんでるとかか」
「は?俺が?何で」
「罪悪感があるってお前が言ったんだろうが!」
「あぁいや、うん。でもさァ、いくら俺でも予測はできないだろ。本当に足が動かなくなるなんて」
「そりゃあな。あぁもう面倒くせェ。いい加減本題を、」


交わされていた会話が、突如止まる。
理由は分かっていた。土方さんの声はさっきから心の内を反映している。
同じことを思っているのだろうと思った。
同じところで、引っかかった。


『本当に』?


手が震えた。
何を言ってるの銀さん。
心臓は相変わらずうるさいのに、血の気が引く。
まさか。まさかまさかまさか。
そんな馬鹿なことがあるものか。



「あいつの足が動かなくなったのは、俺のせいかもしれない」





***続きます
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