ゆめ

□A.S.A.P.
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地面がふらふらと揺れている。
視界の端に、オレンジ色のなにかが壁のように見えた。

なんだろうとぼんやり考えていたら、お腹が妙に息苦しいことに気がついた。
何かにがっしりと支えられた場所から、じわじわと温もりが伝わってくる。


あ、誰かに抱えられているんだ。


私は気がついた。
誰かの肩に担がれて、運ばれている。オレンジ色の壁は、誰かの背中だった。


降りなきゃ。


そう思ってほんの少し体を動かすと、ぼんやりとした意識に鮮烈な痛みが走った。


「起きたか」


ふいに誰かの声がした。
船長だった。私を抱えてくれているのだ。
スミマセンと言おうとしたが、喉が荒れていて、声が出なかった。おかしな具合の息が漏れただけだ。
船長はしばらく何も言わなかったが、やがて口を開いた。


「腹部に裂傷、右腕の骨折。でかい傷はそんなもんだ。しばらくは動くな」


淡々とそう言うと、船長はまた黙った。黙々と私を運んでいく足取りは、少し急いているようだ。

そういえば、確かに私、怪我をした。

無人島に潜伏していた海賊との交戦中だった。
二人の敵から同時に降り下ろされた剣を、そう、受け止めたのだ。一度は弾き、一人やった。残ったもう一人に切られたのだろうが。
その辺りから記憶が曖昧だった。


「…」
「あぁ?」


言葉を発したつもりだったが、やはり声にはならなかったらしい。
聞き返す船長の声に再度口を開くが、今度は咳が出た。喉がすっかり乾いているのだ。
すると、船長は立ち止まり、私を横抱きに抱え直した。
うっすら目を開くと、船長も黙ってこちらを見つめている。
なんだかだるくて、私が目を閉じると、船長の指がまぶたを撫でる感触がした。

あまりに優しく、慎重な手つきだった。
そっと触れては柔らかく指を滑らせる。慈しむようなその触れ方は心地よく、意識が次第に微睡んできた。


―――船長、怪我、しなかったの。


先ほど言えなかった言葉をぼんやり考える。もはや口が開いているのかもわからなかった。
眠い。
ふわふわした意識の中、口に何かが触れた気がしたが、もうなんだかよくわからなかった。






次に目が覚めた時は、医務室のベッドの上だった。
目を開けた瞬間、クルーたちの歓声に包まれて、非常に驚いた。仲のいいみんなが、周りに集まってくれていたようだ。

私は丸一日眠っていたらしいが、傷は順調に回復していた。
ちなみに驚いたことに、船長自ら治療にあたってくれたそうだ。
よほどのことがないと医者としては働かないので、とても珍しいことだった。

お礼を言いたかったが、他の船医に指示を出したっきり、何故か船長室から出てこないらしい。
呼んできてというのもおこがましいかと思い言わなかったが、理由を聞くと、みんなニヤニヤと笑みを浮かべるだけで答えてくれなかった。
病み上がりの頭で鋭い言及はできずに黙り込むと、古参のクルーが苦笑しながら言った。


「船長は、きまりが悪いだけだろうさ。お前が早く怪我を治して出てきてくれりゃ、あの人も出てくるだろ」


私は頷いた。
早く治して、直接礼を言えばいい。
そう思った時、ぱっと頭に浮かんだ。


「船長は、怪我、しなかったの?」


すると、全員が爆笑した。


「お前、ふらふらしながら、敵全滅させたんだぞ。誰も怪我なんかしてねぇよ!」
「こりゃ、ロー船長のプライドも丸潰れだわ。気の毒すぎる!はははっ」


仲間たちの笑い声の中から、そんな言葉を拾って、私は安心して目を閉じた。
安堵が全身を暖め、なんだかまた眠くなってきた。


早く治して、早く会いにいこう。


眠りに落ちる直前、あのまぶたを撫でる柔らかな手に、優しく抱かれているような気持ちになった。






*怪我させて慌てて自分で治療しちゃってしかも良いところもなく気まずいローさん。

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