ゆめ

□麦藁怪談
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その日の夜。
ゾロはトレーニングルームで、目を閉じて静かに座していた。

海は、波も風もなく凪いでいる。さざ波の響く中、まるで部屋全体が、眠っているかのような雰囲気に包まれていた。
窓から射し込む月明かりに照らされ、ゾロもまた無機の彫像のように、身体を静めている。

ゾロはふと目を開いた。
ゾロの斜め前に、女が現れていた。

女の体は、淡く光りをたたえていた。その体の向こうに、ぼんやりと部屋の風景が透けて見える。
女は青白い面は人形のような無表情を浮かべ、ゾロと視線を合わせても、何の変化もなかった。ただ静かに、しかし執拗に、ゾロを見つめているだけだ。


「何だ、てめぇは」


問いかけても、反応はない。
ゾロは険しい顔で女を睨んだが、ふと違和感を感じて眉をしかめた。

―――妙な気配だ。
女の纏う無機質な雰囲気の中に感じる、奇妙な感覚。
ぞくりとするような、どこか見知った感覚だった。

訳がわからず、ゾロは苛立ちと共にもう一度口を開いた。


「おい、お前は誰だ。どっから来た」


女はやはり答えない。
ゾロは鋭く舌打ちをすると、短気にも刀に手を伸ばした。先ほど感じた妙な感覚に対する違和感に、気が焦れていた。

その瞬間、女がびくりと体を揺らし、僅かに目を細めて体を堅くした。
ぎらりとした瞳は、先ほどまでの命を持たないものではない。殺気にも似た威圧感が、剣士の体を一瞬強張らせた。


―――なんだ、こいつは!


それは強烈な意思、感情の動きによる空気の波だ。しかしそれはゾロに向けられてはいなかった。女の強い感動が、勝手にゾロを威圧しているだけだ。
ゾロはぞっとして刀を引き寄せたが、抜刀は叶わなかった。柄を掴み、腕にいくら力をかけて引き抜こうとしても、何故か鍔が鞘口にくっついているかのようにびくともしない。

どういうことだ、とゾロが戸惑うと、女が音もなく目の前に立ち、ゾロを間近で見下ろした。

呆けたように女の顔を見上げたゾロは、そのあまりにも赤く濡れた唇が、微かに動くのを見た。


「かわく」


―――渇く。
女は掠れた声で、確かにそう言った。吐息のように微かな声だった。

そして、ゾロの目の前で、風に散る砂のように、さらりと薄れて消えてしまった。


その瞬間、今までびくともしなかった刀が、するりと鞘を抜け出た。


「いっ」


突然のことに、弾みで指を斬ったようで、指先に鋭い痛みが走る。女の消失に呆然とした頭が、瞬時に冴えた。
ゾロは小さく声を上げ、傷を見るために手を上げて驚いた。

指の傷は血が出やすい。
しかし、月光の下で見たその傷口からは、少しも血が流れていなかったのだ。軽傷なりに深い傷だが、既に止血をした後のように綺麗だった。

ゾロはしばしその傷を見つめていたが、ふとハッとして手にしている刀を見た。


片手に納めた三代鬼徹―――それを抜いて目の前に掲げる。
月光の下、血の痕などどこにも残さぬ乱刃が、怪しげにぬらりと輝いた。






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