buon viaggio
□please let me defend you
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何処を見回してみてもあと数分後に訪れる瞬間の為に街はどこもかしこも派手に飾り付けられてライトアップされ
時間にすればもう遅いに部類される頃だと言うのに溢れかえる人波が途切れることはない
寧ろ時間が過ぎていく程に賑わいが増していっていた
白い息を吐いて頬を紅くして、寒さに冷えた手を揉んでさえいるというのに擦れ違う人間はみんな笑みを讃えている
この時を待っていたかのように希望に満ちた顔をしている
そんなどうでもいい他人の様子を道の端で冷えた壁に背を預け眺めていた
「……新年、ね」
年越しとか、新しい1年だとか
そんなものは人間が勝手に決めた区切りでしかない
過ぎゆく刻に人間が自分達で節目を付けて自分達で祝っているだけ
新年という新しい1年が訪れた瞬間に何かが変わるわけでも終わるわけでもなく
言ってしまえば昨日と今日を迎える瞬間と何が違うのだろうか
そもそも新年を迎える事のどこにおめでたい事があるのだろうか
もう何度もそれを見送ってきた自分としては正直見飽きた行事でもあり別段それに参加なんてする気もはなからなかった
むしろこんな寒い夜中に良くもまあこれだけの賑わいを見せられるものだなと思う
時の流れに捕らわれない“不死人”だからそう思うだけなのかもしれないけれど―――
「ハーヴェイ」
同じ場にいるというのに何とも温度差のある感想を胸中で述べていた折りに不意に自分の名前が呼ばれ意識が戻される
ぼんやりと意味もなく空に浮かぶ双子月にやっていた視線を人混みへとゆっくり落とせば、小柄にも関わらず珍しい漆黒の髪を風に靡かせパタパタと小走りで駆けてくる姿をすぐに捕らえた
そんなキーリを見詰めながら俺はトンと軽く勢いを付けて壁から背を離す
「遅くなってごめんね。でもお店の人がおまけしてくれたの! ……ハーヴェイも食べる?」
「……いや、俺はいいからお前が食べな」
彼女の手の中で湯気を上げるそれは確かに美味しそうかもしれないと思いつつも、何処か嬉しそうに報告してきたキーリの表情だけですでに満足してしまった俺は結局いつも通りの素っ気ない返事で終わる
そんな返答にも関わらず別段傷ついた素振りも見せず先程の表情そのままに隣でそれを口にしたキーリ
咀嚼するキーリのその顔が徐々に綻んでいく様に、自然と口元が緩んでしまいそうになり彼女に気付かれない様にと煙草を咥え直すふりを装って俺は口元を手で覆った
「美味い? それ」
「うん!」
「そっか」
意図せず口を吐いて出た言葉は思いの他柔らかくて自分自身内心で驚く
あー……、なんか自分でも今の俺は何か気持ち悪いと思う
ベアトリクスとかが見ていたら思いっきりからかわれそうだ
平和ボケを通り越して自分がキーリの仕草一つ一つで一喜一憂するなんて一体誰が想像しただろう
素なのか意地でなのかははっきり分からないがそれを表情に出さずに済んでいる自分を褒めてやりたい
それでもついふとした瞬間に、さっきみたいに思わず表に出てしまうのはあれだ不可抗力ってやつであって別にやましい気持ちとか惚気とかじゃない
……て、まて惚気ってなんだ惚気って
いつ惚気るような関係になったんだ俺ら
まあそう見えても可笑しくないくらいにキーリもなった訳で、別にそう見られたからって嫌っていうわけでもなくてむしろ逆っていうか、というか俺もキーリも明確に言葉にしてないだけで実はそういう関係なのかもしれないとか、そもそもよく考えればそういう関係じゃないほうが不自然な間柄にはすでになっているっていうか
……
………
待て待てこれは一体誰への言い訳だ俺
やめよう
今すぐこの話題はやめよう
余計なことまで思い出しそうでやばい
色々と、そう色々と墓穴を掘りそうでやばい
「あのさ、ハーヴェイ」
「ん?」
俺としては年越しも新年も別にどうでもいい
どうでもいいのだけれど、他人がその記念すべき瞬間を待ちわびて賑わっている事に関しては全く興味はなくともキーリも彼らと同じ様に声を弾ませていると白状にもこの空気もそれ程悪くないかなと思う自分もいて
「えと、今年も一緒にいてくれてありがとう」
《3! 2! 1……!》
いつの間にか始まっていたカウントダウンを告げる声に何の繋がりもないであろう人間達が次々とそれに便乗していつしか大合唱の様に聴覚を奪ってしまいそうになってもキーリの声だけははっきりと聞こえた
むしろキーリ以外の声の方が何処か遠くに感じられるのは俺にとっての全てがキーリだからで
つまりは“そういう”ことだからで
「来年も、……ううん」
「……」
「“今年も”よろしくね、ハーヴェイ」
ワァッ!と沸き立つ周囲の声に紛れ彼女の控えめでいて、けれど真っ直ぐに俺を見上げる芯の強い黒い瞳と共に告げられた言葉に俺はどんな顔をしたのだろう
キーリの事になるとどうも上手く平静を装えなくて僅かに頬が緩んでしまったのか
それとも
もしかしたら特に何の表情も浮かべずにいつも通りの顔でいられたのか
それでも
キーリにそう言われると先程まで特に興味も感慨深くもなかったこの瞬間に確かに意味が生まれた気がした
そうか
俺はキーリと共に一年を過ごすことが出来たのかと
またこれから一年もキーリと共に居られるのかと
そして
キーリが変わらずに隣にいてくれるのかと
そう思うと言い知れぬ安堵とか嬉しさとか感謝とか、そんな自分でも良く分からない感情を覚えている俺がいて
「ああ、こちらこそ」
らしくもなく素直にそう返した俺は祝賀ムードに溢れかえる人混みで離ればなれにならないように自分からその白い手を握りしめて歩き出した
歩幅の小さい彼女に合わせて歩くと、一人で歩く時と比べて大分ゆっくりでしか進めないけれどそれでもこのペースは嫌いじゃない
いつの間にかこの歩調が当たり前になっていた
いつの間にかキーリが隣にいるのが当たり前になっていた
それがこれから先もずっと続いてくれれば良いと思う
それがこれから先もずっと続くように守り続けたいと思う
もう何も新しいものなどないと思っていたのは単に俺がそれらを見付けようとしていなかったから
否、きっと俺一人じゃ見付けられなかったから
もう見飽きたと詰まらないと、生きること全てに興味も価値も見いだそうとしていなかった俺に
セピア色に褪せ自ら捨てようとさえしていたそんな俺の世界に
キーリが再び色をつけてくれたのだ
キーリが俺の掌にそれらをそっと掬い上げて乗せてくれるのだ
「これからもよろしくな―――」
この手が朽ちるまで
否
たとえこの手が朽ちたとしても
この躯が動く限り
キーリの世界が続く限り
俺がお前を守ると
守り続けると
さっきまでとは違う、絡める様に握り直した手にほんの少し力を込めて誰に言うでもなく
俺は心の中でそう誓ったんだ―――
please let me defend you
(俺にお前を守らせて)
(それにしても、お前、手冷たい)
(あ、えと、ごめん……!)
(別に謝らなくていい)
(でも)
(こうしてポケットにいれときゃマシになるだろ)
(っ!)
(……たく、これくらいで顔赤くすんなよ)
(だ、だって!)
(この程度で顔を赤くされちゃこの先が思いやられるな)
(? ……ハーヴェイ何か言った?)
(いや、別に)
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