buon viaggio
□I bet my neck
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“そろそろ諦めた方がいいかもしれない”
キーリにそう言いつつも、俺は最後にまだ訪ねていなかった情報屋のもとに足を運んでいた。
行方知れずになったビーの事を聞きに。
キーリには情報屋に行くとは告げずに。
まあ、あのベアトリクスのことだ。
そう簡単にくたばってはいないと思うがあいつが何の情報もこっちによこさないで長い間音信不通になるのは少々納得がいかない。
一体今、何をやっているのか。
案外、もしかしたらあの自由奔放なままに買い物三昧でもして楽しんでいるかもしれない。
それならそれでもいいがキーリがずっと気にしているし、それに何故か嫌な予感だけが頭を過ぎって最後の悪あがきだと手がかりを探しにいったのだ。
だが残念な事に何の手がかりも得られずに、俺は煙草の煙と一緒にため息一つ吐きキーリに待つように伝えた公園に向かうことにした。
正直その足取りは重い。
ベアトリクスの情報が手に入らなかった事もある。
だけど一番の理由は昨夜兵長に意味不明な事を言われたから。
改めて自分に突きつけられている問題に直面しなければいけない様な気がしたから。
首都のこととかユドの事とか俺の核の問題とか
そして何よりこれからのキーリとの事について―――
そのおかげで朝からキーリの顔をまともに見れなかった。
自分でもずいぶん幼稚だとは思う。
何事もなかったかの様な大人の対応が出来ればいいのに。
だから兵長にガキだと言われんのか俺……
とにかく、いくら気が滅入りそうでもキーリをいつまでも一人にさせておくわけにもいかない。
まあ一応兵長を置いてきたが何があるか分からないし。
低級霊を追い払ったり衝撃波を出せたとはしても、こう言っては何だが兵長はラジオに過ぎないわけで。
もしも電源を切られたらアウトなのだ。
次の角を曲がればもう公園に着くという所でそんな事を考えていた頃の俺は
まさかその“If”が現実のものになっていようとは微塵も思わなかったけれど
タッタッタッタ―――
「キーリ!」
細い路地裏の所々に行く手を遮る木片や何かのガラクタが横たわっているせいで思うように追いつけない。
おまけに体格の違いからか、少女の霊とキーリの方に分があった。
すいすいと邪魔なものを避けて二人は先へ先へと走っていく。
「くそっ、おいお前キーリを離せ!」
ご丁寧に避けて走るのもいい加減鬱陶しくなってきて、道を阻む薄汚れた用途の分からぬ板を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばした。
耳障りな音を悲鳴の代わりに響かせてそれは無残にも真っ二つに折れる。
“くすくす”
「い や よ」
「っ!……兵長、あんた衝撃波の一つでもお見舞いしたらどうなんだ。兵長!」
「ああ、兵長ってこのラジオの幽霊さんの事だっけ。だけど、残念ね。今この幽霊さん動かないのよ」
「なっ」
少女の言葉にひくりと口元が引きつる。
おいおい嘘だろ?
まさか兵長、本当に電源切られてんのか?
どうりであの兵長が静かな訳だ
ったく、こんな時に役に立たないなんてもっとしっかりしてくれ
胸中でぶちぶちと文句を言うも告げられた現実に事態は思ったより良くないのだと思い知らされた。
一体何のつもりなのかは知らないがものすごいスピードでキーリを連れて行く少女。
まったく、またあいつは余計な奴に懐かれやがって―――
「ア、アンナっ。どうして急にっ!」
「ふふ、言ったでしょう?キーリ。あたしに良い案があるって」
「でもっ」
「だから心配しないで?」
後を追う位置からでは鮮明には聞こえないが、キーリの焦った声に応えた霊は楽しげな様子を覗かせる。
けれどその少女の笑顔に何処か違和感を感じるのも事実で。
「ちっ、一体どこに行く気だっ……」
入り組んだ路地裏は薄暗くてこの街に住んでいる人間ですら迷わずに進むのは至難の業だろう。
あの幽霊の少女が暇つぶしにこの街の隅から隅まで把握しているというのならあの迷いのない動きにも納得がいくが。
とにかく俺にとっては色々な面で不都合で
「うおっ」
足下の段差に気づかず危うく転びかけた。
だから俺片目だから距離感とか視野狭いんだって!
誰に言うでもなくそんな泣き言めいた事を言えば徐々に道が上り坂になってきている事に気づいた。
おまけに左右に迫る壁もいつの間にか生活感の溢れる町中というよりも何処か町外れに繋がっているような古めかしく温度の無いものになっていき。
「っ」
漸く細い路地裏の出口が見えてくる。
その眩しさに目を細め勢いそのままに走っていけば目の前に広がった景色。
それは小高い丘の様な場所で家々の屋根が小さく見える程の高さ。
足下は煉瓦の赤から乾いた土色に変わり空が広く近く見えて。
けれどそれと共にぶわりと風が吹きぬけた。
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