buon viaggio
□I heard your voice
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もそもそと買ったばかりのパンを囓る。
とろりと程良く溶けたチーズとベーコンの香ばしさが絶妙ですごく美味しい。
どうやら何種類ものスパイスやハーブが混ぜられているらしくピリリと味にアクセントが効いていた。
だけどいつもより味気なく感じてしまうのは何故だろう。
『おい、キーリ』
「……ん、何?兵長」
『大丈夫か?』
「? 何が?」
『いや、平気ならいいんだが』
「……」
“大丈夫か”なんて
急にどうしたんだろう?
変な兵長
胸元にぶら下がるラジオの言葉の意味することろを理解できず、キーリはほんの少しだけ首を傾げた。
何処か可笑しなところなんてあったかなぁ
特に自分でも変わったことはなくていつも通りのつもりだし
何か心配されるようなこともしてない筈だ
……たぶん
「ぁ」
パンを持つ指先にとろりとチーズが付きそうになっていたのに気付いて慌ててはむっと齧り付くと同時に視界の隅で動いた何か。
それはよく見なければ特に気にならないもの。
けれど普通ではないキーリの目にははっきりとその姿が映り彼女が短く声を上げると同時に
「!」
キーリの黒い瞳が自分に向けられていると気付いた“それ”は一瞬驚いた表情を浮かべたあと、ぱぁっとその顔を輝かせた。
そして屋根から屋根を渡り歩くようにふわりふわりと宙に“浮いていた”少女が勢いよくキーリの前に降りてくる。
「ねえ!あなたあたしの事見えるの!?」
「え、あ、うん」
「本当に見えるの!?」
「……うん」
「わぁ! 夢みたい!!」
ややたじろいだ様子のキーリに気にしたふうもなく、その少女は歓喜の声を上げた。
そしてきらきらと嬉しそうな表情でキーリの隣に座る。
「何であなたはあたしが見えるの?」
「えっと」
「あ、もしかしてあたし以外にも“あたしみたいなの”を見ることが出来るとか?」
「その、まあ」
「ああ、でもそんなことは今関係無いわ!あたしの事が見えるあなたに会えたんだもの!!」
「……あの」
「そうだ、そういえばあなたの名前は?」
「き、キーリ」
「“キーリ”ね!うん、素敵な名前だわ」
「ありが、とう……」
「それであたしの名前はアンナ!」
「“アンナ”」
「そう!……あたし1人でずっとこの街を散歩してるの。もう何十回街の隅から隅まで散歩したか覚えてないくらいよ。まあ、たまにあたしみたいに幽霊になった人達に会うこともあるんだけど何だか気が合わなくて。ほら、中には悪霊になりかけた奴とかもいてやっぱり危ないでしょ?それに生きてる人達は普通あたしの事は見えないし、あなたがあたしの事を真っ直ぐに見てきた時は本当にびっくりしちゃった!」
余程嬉しいのか一方的に話を進める少女にキーリは返事もろくに出来ず困ったようにあははと小さく笑う。
ここまでお喋り好きな幽霊には会った事がなくてどうしたらいいものかと救いを求める様にラジオに視線を落としてみたものの、何処か呆れたようなため息にも似たノイズが微かに零れただけだった。
あ、兵長また私が厄介事に首を突っ込んだと思ってる……
正直自分は口数の多い方ではないと思う
寄宿舎にいた頃はこの霊感があるが故に孤立していたのもあって、人と話をすることはあまりなかった
ただ一人のルームメイトであるベッカを除いては
とはいっても、一番の友達であったそのベッカも人ではなかったけれど
だからなのか、今の旅はどちらかと言えば居心地が良かった
取り立てて会話の多くはない旅
でも
たとえ会話がなくてもその空間が居心地が良くて
まるで本当の父親の様に少しだけ口うるさくても何だかんだ心配してくれている兵長のノイズ混じりの声と
時々思い出したようにぼそりと話すハーヴェイの落ち着く低い声
二人のその声は今のキーリにとってはもう当たり前だといえる程に耳に馴染み
その存在自体にいつだって心が落ち着かされるのだ
ずっとこうして
3人の旅がいつまでも続けば良いと
どんな時だって隣に、一緒にいられればいいと切に願うほどに
だけど
ハーヴェイはどう思ってるんだろう
悪気はなくとも厄介事に巻き込まれるキーリの事を
いつも助けてもらってばかりのキーリの事を
心の中では本当はどう考えているのだろう
共にいたいと思っているのはキーリの単なる独りよがりに過ぎないのだろうか
この間の汽車の中で“キーリと一緒にいたいの?”と聞かれた時にハーヴェイが答えを誤魔化したのは
もしかしたら一緒にいたいとは言えなかったから?
もうキーリと旅をしたくないと思っているから?
もし
もしハーヴェイがそう思っているなら
私は―――
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