buon viaggio

□I remained silent
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でも












“同じなんですよ”




不意に、ユリウスの乳母だとかいう人の言葉を思い出す




“あんただったら、別にいいよ”



俺に体を使うことを許してくれたこの体の本来の持ち主であった筈の“少年”の言葉が蘇る




“ハーヴェイ”



今は隣の部屋で夢の中なのであろう黒髪の少女が何処か嬉しそうに俺の名前を口にする姿が浮かび上がる










俺の存在がたとえ誰かにとって許されないものだとしても


それでも俺を受け入れてくれる人がいるのなら


俺は望んでもいいのだろうか


少しだけ我が儘になってもいいのだろうか







「……」

『ハーヴィー!!!』

「……。……あ?」

『あ?じゃねぇだろ!ったく、人が話しかけてるってのに無視しやがって。どうやら貴様は相当俺を怒らせてぇ様だな』

「は?ちょっ、ちょっと待て」

『誰が待つか!!』

「うわっ」


兵長マジだ

マジで衝撃波打ちやがった


「隣でキーリが寝てるんだから静かにしろよ!!」

『誰のせいだと思ってんだ、ハーヴィー!』

「あーあー分かった分かった俺のせいだろ俺の!つか、“ハーヴェイ”だ」


ソファーからずり落ちるようにして避けた頭を掠めた衝撃波は壁に小さな凹みを作っている。

どうやら兵長なりに手加減したらしいが一向に衝撃波を止める気はないらしい。


おいおいこのままじゃこの宿の主人にも怒られるっての俺が!


それにこの衝撃波を食らえば腕の肉が間違いなく削げそうで

だけど不死人の再生能力を分かっていて兵長は攻撃してきているから達が悪い

それでも

こうして俺に“態と”当たりそうで当たらない場所に打ち出すのはきっと兵長が俺の“核の問題”を分かっているからだと思えば何だか余計に自分が情けなくなる

その反面、何で俺がこうして怒られなきゃならないんだという理不尽さもふつふつと頭の中で湧き上がり


『だから貴様の脳みそは一向に成長しないガキのままなんだったく少しくらい大人になりやがれ!!』

「ち、余計なお世話だ」

『それにそうやっていつも貴様は適当に流しやがっていい加減真剣に考えたらどうなんだ!ハーヴi“ブツッ”

「……。……はぁー」


もう後で怒られようがなんだろうが取り敢えずガミガミ五月蠅いのでラジオの電源を切ってやった。


「だから“ハーヴェイ”だって言ってんだろ……」


これで静かな夜が過ごせる。

衝撃波で若干の亀裂が壁に入ったのは見なかったことにしよう。

だけどやっぱり後々電源を入れた時の事を考えずにはいられなくて少しばかり後悔した。

絶対にスイッチをオンにしたと同時に衝撃波の一発でもお見舞いされそうだ。

電源は誰もいない空き地で明後日の方向に向けて入れることにしようか。

勿論キーリがいない時に。

何でこうなったかをキーリに聞かれるのだけは避けたい。


「……“少しは真剣に考えろ”、か」


これでも俺にしては珍しく考えてる方だ。

兵長にしてみればまだまだなのかもしれないけど。



だけど真剣にってどういう事だ?

真剣に考えたら何処に行き着く?


それが分かってるから目を背けてるのか俺は……


この期に及んで

“今”になって何を俺が望んでいるのか


永遠にも似た緩やかな流れから急激に砂がこぼれ落ちる様に時の流れに呑まれ始めた俺

こんな俺に選べる道なんて

俺が思うような選択肢なんて得られる筈がない



心臓代わりに核の埋め込まれた胸辺りの服を緩く握る

目には見えないがゆっくりと点滅を繰り返しているのであろう核




「もう少しなら頑張れる、か……?」




アオーン――…‥・




小さな呟きは遠吠えに呑まれ

月に照らされる赤銅色の瞳は静かに閉じられた


睡眠を必要としない不死人には一日の境目なんてものはなく

その代わり人よりも十分な程に余計な程に考える時間が与えられる

それは何て素敵で

何てありがた迷惑な話しなのだろう

この世界にもし神がいるのならかなりの悪趣味に違いない


けれど


これ以上何かを考える気力がなくなり

その要らない時間を手放す様にハーヴェイは床に座ったままこてんと壁に頭を預け死んだように動かなくなった



迫り来るいつか答えを出さねばならない“その時”から

今だけでも目を背けるかの様に―――













I remained silent

  (俺は沈黙し続けた)














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