buon viaggio

□I remained silent
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「で?あんたがキーリの部屋じゃなくて俺の部屋に来るって言った理由は何」


時折犬の遠吠えが辛うじて聞こえる程で殆ど物音等しないとっぷりと更けた夜。

窓辺のソファーに腰掛け意味もなく窓の外に視線をやりながらハーヴェイはぼそりとぶっきらぼうにそう問い掛けた。

唯一、自分と同じく眠る必要のない旅の連れに向けて。


『人に聞く前に何か思い当たる節がないのか少しは考えたんだろうなぁ、ハーヴィー』

「……」


オンボロラジオがぐずぐずと不快な音を吐き出していたので一体なんなんだと思い聞いたのだが、明確な回答がある訳でもなくそんな不親切な言葉が返ってくるだけ。

おまけに兵長の言う様なものに全く持って心当たりがないだけに、逆にその意味深な言葉によってハーヴェイの眉間の皺が増えた。


まったく、こっちから聞いたのだからもっと分かりやすく教えてくれればいいものを何で質問を質問で返すのか意味が分からない

……つか、そもそも思いたる節って何の事だ


はぁ、とそんな文句を胸中に留め溜め息を吐く。

何故か“ヴェ”と発音出来ないらしい兵長に今更自分の名前の訂正を入れる気も失せて代わりに煙草を灰皿にぐりぐりと押しつけた。

未だに脊髄反射で訂正を入れてしまう事が殆どだが、兵長のそれが一向に直る気配もないのでいい加減に慣れた方が良いのだろうか。

とはいえ、これからもつい癖で訂正を入れるのを止められなさそうにない。


『ったく、だから俺が言いたいのは、もう少しキーリの事を思った言動をしてやれって事だ』

「あぁ?」


二本目の煙草をくわえライターを取り出したと同時に聞こえた言葉。

それに意識を戻されハーヴェイは怪訝な声を上げる。

だが間を開けず次いで出てきた兵長の言葉にハーヴェイは口元を引きつらせる事になった。


『それに貴様だって思ってんだろ?キーリの傍にいたいって』

「なっ、あつっ!!」


明らかに挙動不審な動きをしたハーヴェイは誤って付けたライターの火で指を掠め、小さな呻き声を上げた。

高温のせいでじりっと痛みが指先に走るが、痛覚を遮断する事でそれをやり過ごす。

まさか戦争の為に不死人が身につけた技術がこんなところで役に立つとは……。


「急に何なんだよ」

『……はぁ。貴様がそんなんだからキーリが余計な事まで気にすんだろが。汽車の中での発言とか』

「“汽車の中”?」


あの幽霊少年と同乗した汽車で俺何か言ったか?


やっぱり不死人ってのはみんな揃ってどっかしら性格に問題があるんじゃねぇか?等と結構失礼な言葉が聞こえ、思い出そうとしていた思考が一時中断されその代わりに電源を切ってやろうかという考えが一瞬頭を過ぎった。

だがそんな事をしたら電源を入れ直した後が面倒臭いのでここは我慢するしかない。

とはいえベアトリクスもまああれだが、確かにヨアヒムは性格的に……というか思考回路が確実におかしいと思う。

あいつはいっぺん本気で頭の中を診て貰った方が良いんじゃないか?

それか脳を新品に変えて貰った方が良い。

絶対何か欠陥してるってあいつの場合。

……とか言いつつ、俺だって人の事言えないんだろうな。

自分で言うのも何だが性格はヨアヒムよりまともだったとしても、やっぱり普通の人間とは違うわけなんだし。


そう“違う”んだから―――


その考えに辿り着いた途端、ハーヴェイの思考は徐々に何処かへ飛んでいく。


「……」

『ハーヴィー!貴様人の話を聞いてんのか!?』

「……」

『おい、ハーヴィー!!』


取り出したままで火の付いていない煙草を無意識に箱に戻した。

そして兵長の声を受け流しハーヴェイはいつもの癖でライターを意味も無く付けたり消したりを繰り返す。




“貴様だって思ってんだろ?”


俺が何を思っているかだって?

んなの俺だって知るかよ



そもそも俺が何を望めると言うんだ

望んで良い存在だと言うんだ

“俺”という人格は本来この世に無かった筈のもの


この体だって“エイフラム”という男の、“あの少年”の体だった訳で

その“死体”に核を埋め込んで作り上がったのが“俺”な訳で

俺なんかがどうこう言える、望める存在じゃない


そうだ

今更俺は何を考えているんだ

戦争の兵器として不死人として戦争中に数え切れない人間を殺し

異常な再生能力で足が吹き飛ぼうと腕がもげようとまた回復して

痛みさえ自分の意志で感じなくすることが出来るそんな俺が普通な訳がない

キーリと同じ訳がない

ははっ、当たり前な筈のそんな事すら忘れてるなんて俺も相当平和ボケしてるな


永遠にも似た時間の中を生きることに疲れて死のうと思った事など何度もあったのに―――


なのにこうして諦め悪く生きたいと願うようになったのは

悪あがきの様に必死になるのは

間違いなくキーリのお陰で

だけど

だからと言って俺が何かを望んでいいという事実には繋がらないと思うから




「あー……」


……駄目だ、何か、やばい

何か訳分かんなくなってきて気持ち悪い

こういう事を考えるのは自分に向いてないと分かってるのに、というか無意識に考えないようにしていたから改めて真正面から考えようとするとどうやら体が拒絶反応を起こすらしい

くそっ、兵長が余計な事を言うからだ

でもそんな事を兵長に言ったら貴様はそうやって逃げんじゃねぇ!と怒鳴るに違いない

挙げ句の果てに、これでも食らっていっぺん頭を冷やせとか何とか言って衝撃波を飛ばしてきそうで嫌だ

せめて夜くらい静かにしていて欲しい

昼間は昼間で五月蠅いんだから

それに老体に鞭打って壊れたらどうすんだ

まあ、老体とはいえ今はもうラジオだけど
















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