buon viaggio
□I want to keep pace with you
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空には双子月が輝き様々な店が並ぶ大通り。
それに比例して町を埋める人も多い。
「それでお前は何怒ってんだ」
「別に怒ってないもん」
「怒ってないならその顔は何」
「別に」
「……はぁ」
あの幽霊の少年と同乗する事になった汽車を降りてからというもの、ハーヴェイの言うようにキーリの機嫌は良くなかった。
おまけにキーリが頑としてそれを認めようとしないのでハーヴェイは何度目かの溜め息をついに胸中に留めることが出来なくなり口から逃がす。
何かあるなら言えばいいのに彼女の変に頑固な性格のせいで解決のしようもない。
「あ、そ。ならいいけど」
答えないキーリの様子にいい加減苛ついて来たのか、何処か不機嫌にも聞こえる口調でハーヴェイはそう口にした。
それにぴくりとキーリは小さく肩を跳ねさせる。
「……」
「煙草がなくなったから買いに行ってくる。お前はここで待ってろ」
そんなキーリに視線を向けることなく、不意にハーヴェイは空になった箱をくしゃりと握りつぶして小さく舌打ちをした。
それからキーリの返事を聞く間もなく人混みに紛れていく。
平均より高い身長のお陰で特徴的な赤銅色の髪がぴょこんと飛び出てその居場所を教えてくれていたが、それもすぐに見えなくなってしまった。
自業自得とはいえハーヴェイの機嫌を損ねてしまい有無を言わさぬ待てを言い渡されたキーリは、中途半端に開いた口を閉じる。
そして通行人の邪魔にならない様に道の端に寄り煉瓦の壁に背を預けた。
目の前を通る道行く人は様々で、仲睦まじい老夫婦や友達と楽しげに歩く自分と同じくらいの女の子。
中には喧嘩をしている恋人や嬉しそうに親の手を握る子供の姿もあった。
「ねぇ兵長」
『ん?』
「ハーヴェイは私と一緒にいない方がいいのかな……」
『急にどうしたんだキーリ』
「……ごめん、何でもない」
気遣うようなラジオの声にキーリは首をふって、視線を自分の足下に落とした。
「不死人のおにーさんはキーリと一緒にいたいの?」汽車の中で少年にそう問われたハーヴェイ。
普段自分からはなかなかそういう事を聞ける筈もなく期待と不安の入り交じった……といっても若干期待の方が大きかった緊張感でハーヴェイの答えを待っていたら何と
“……。お前にそれを答えてやる義理はない”
と大して興味がなさそうに面倒臭そうに少年に向かってハーヴェイはあっさりそう言い放ったのだ。
言いかけた言葉を止め数秒考えた後に。
それには流石のキーリも落胆の色を浮かべざる終えなくて。
ハーヴェイの言うように単に拗ねているだけだとは自分でも分かっているが、それでもキーリの気分は晴れずにいる。
それはハーヴェイから一緒にいたいという言葉が聞けなかった事だけではなく、そう言って貰えるという絶対的な自信が自分自身に持てなかったから。
ハーヴェイはキーリの何倍もの時間を生きてきた。
年を取らず、戦争が終わった後も様々な地を旅し渡り鳥の様に一カ所に留まる事をしない。
それは外見が過ごした時間相応の変化を伴わない為に、それがきっかけで不死人だと周りの人間に感づかれるのを防ぐ為。
今や不死人にかけられた懸賞金は目も眩む程なのだ。
けれどそれは教会側の身勝手な責任逃れの結果のせい。
戦争に勝つために自身が不死人を生み出した癖に、戦争が終わった途端その戦争の被害諸々を不死人のせいにし始めた。
戦争中は英雄として戦地に送り出された筈の不死人が、今や戦争の悪魔と言われる存在になる等誰が予想していただろう。
その挙げ句、不死人の心臓に値する“核”が有するエネルギーを欲するが故に教会側は不死人狩りを行っているのだ。
戦争の悪魔という汚名を彼らに着せ、危険な存在であるからという不当な理由で。
「ハーヴェイは私に会わない方が幸せだったのかな……」
『……キーリ』
ハーヴェイは実際キーリと出会ったせいで、キーリを守ろうとするせいでぼろぼろになっていく。
片腕をなくし片目をなくし本来不老不死である筈がいつの間にかただの人間であるキーリよりも危うい脆い存在になっていく。
ハーヴェイをその立場に追い込んだのはキーリだと言っても過言ではないのだろう。
それをキーリ自身も感じずにはいられないから、けれどそれでも一緒にいたいと思う自分の身勝手さを感じないではいられないから、だから苛立つのだ。
何よりも自分に対して。
無くした片目は本来よりも遅いスピードとはいえ不死人特有の再生能力のお陰で今は治りつつあった。
大好きな赤銅色の瞳二つが再び自分を見てくれれば嬉しいと思う。
そしてまたその瞳を失う事がなければいいと思う。
けれどその為には自分はハーヴェイの隣にいて良いのだろうか
兵長とハーヴェイの二人で旅していた方が良かったのではないだろうか―――
「いたっ」
「たく、帰ってきてみれば今度は何難しい泣きそうな顔してんだ、キーリ」
「……」
すぐそばに店があったのか真新しい煙草を手にすぐに戻ってきたハーヴェイはその箱でこつんとキーリの頭を叩いた。
それに驚いて額を押さえながらぱっと顔を上げれば、呆れたような何処か微かに困ったようなハーヴェイの表情があって
「……ハーヴェイは」
私はいない方が良い―――?
そう聞ければ楽なのに、それが出来ないのは未だ襲い来る不安のせい。
それにそれを口にしてハーヴェイを困らせたくないから。
呆れられたくないから。
キーリは途中で口を噤みやや俯き加減で小さく下唇を噛んだ。
傷付きたくなくて聞けずにいる自分はなんて狡いんだろう。
そんなキーリの様子に本日何度目かの溜め息を胸中でついてから
「たく」
「わっ」
何の前触れもなくハーヴェイはぐしゃぐしゃとキーリの黒髪を混ぜた。
この惑星では珍しい黒髪。
稀に小さな子供ならば見ることが出来るが、殆どの人間が“視る”事が出来ない霊を見れる程の強い霊感を持つ少女。
不思議と手に馴染む感触を堪能するかの様にハーヴェイはキーリの髪を掻き混ぜる。
そして暫くしてからするりと手を離し
「ほら、行くぞキーリ」
「え?」
“一緒に来てくれる、キーリ”
見上げた先にある踵を返す直前の顔は、キーリがハーヴェイと共に旅をするきっかけの言葉をくれた時と同じもの。
今は片腕しかなくなってしまったけれど、頭を乱暴に撫でる手はその時差し伸べてくれた大好きな大きな手と変わらないもの。
言葉にされなくても音にされなくても、この眼差しと温もりを向けてくれれれば十分な気がして
「うん―――」
キーリは嬉しいような悲しいような笑みをそっと浮かべ、未だ燻る不安を押し込め先に歩き出したハーヴェイに追いつく為に小走りで駆け出した。
自分の胸元でぱかぱかと跳ねるラジオ
隣を歩く少しやる気のなさそうな長身痩躯の赤銅色の髪と瞳を持つ不死人
そして何の変哲もない自分
この3人での旅が終わることなくずっと続いて欲しいと思う
兵長やハーヴェイの様に自分には永遠なんてないけれど
ううん、きっと永遠なんてもの誰にもないのだろうけれど
それでも思わずにはいられないのは
漸く見付けた自分の居場所が失いたくない程に愛おしいから
ハーヴェイがまだ私を突き放さずにいてくれるなら
願わくばどうかこのままで―――
I want to keep pace with you
(同じ速度で歩きたいの)
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