buon viaggio

□I hold you dear
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「(……こいつはまた)」


自分達が座っていたボックス席に戻ってきたハーヴェイは、特に表情を変えはしなかったものの胸中で呆れた様な溜め息を吐いた。

何でこうもこいつは厄介なモノに好かれるのか。


「あ、ハーヴェイお帰り」

「……ああ」


いくらか表情を明るくして何処か嬉しそうに声を掛けてきたキーリに一度だけチロリと視線を向けてから、いつもの様にハーヴェイはキーリの斜め前の席に腰を下ろす。

勿論長いその足は向かいの席、つまりキーリの隣に行儀悪く乗せられた。

そして彼は窓際に頬杖をつく。

どうやらキーリの隣にいる存在は無視をする事に決めたらしい。


「あ、あのねハーヴェイ」

「キーリっ、そんな奴なんか放っておいて僕と話そうよ」

「えと、でも」

「いいじゃん、このおにーさんより僕と話してた方が楽しいって」

「……ハーヴェイ……」

「別にお前の好きにすれば」

「……うん」


何故か困った顔で俺の名前を呼んだキーリ。

別にいちいち俺に断りなんていれなくてもいいと言うのに、律儀にも聞いてくるキーリに短い言葉で返す。

そうすればまだ何か不安なのかちらちらと俺の反応を窺ってきた。

一体何をそんなに気にしているのだろうか。


『なんだなんだハーヴィー、子供相手に嫉妬か?』

「“ハーヴェイ”。……別に嫉妬じゃないって」


少年に色々と聞かれ苦笑いを浮かべるキーリを視界の隅に捕らえながら、二人に聞こえない程度の音量でぼそぼそと会話をする。

幸い乗客が少ない為にこの“異様な”会話を他の人間に聞かれることも見られる事もない。


『ほぅ、でも少しは面白く無いとは思ってるんだろ?』

「あのなぁ……。そもそも相手が相手なんだし、特にキーリに害の無い様な奴なんだから嫉妬も何も無いだろ」

『つまりキーリに害がありそうかつ、普通の人間なら嫉妬するって事だな』

「……」


今のは完全に墓穴を掘った。

しかも何だこのデジャブは。

前にも兵長とこんな会話をした様な……。

ああ、そうか。

キーリにとって初めての船に乗って砂の海を越えた時の事だ。

あん時はお坊っちゃま然としたあのマセガキのユリウスとキーリの姿を見て今みたいなやり取りを兵長としたんだっけ。

しかもその時は体の中が砂でざらざらするとか言って兵長が五月蠅いから分解して綺麗にしてやった記憶がある。

まったく、性格に似合わず繊細な作りのお陰で何かとメンテナンスが必要なのが少々厄介で。

といっても、そういう作業は嫌いじゃないしそれに兵長が受信する音楽も嫌いじゃない。

ある意味、兵長が“ラジオ”に憑依してくれて良かったと思った。

もし車かなんかだったら致命傷だ。

何故かずっぽりと運転の為の才能が抜けてしまっている様な俺にはとてもじゃないが扱えないだろう。


「ねぇねぇ、でも何でキーリは“不死人”なんかと旅してるのさ」

「え?」


窓に頭を預け腕を組んだ格好で目を閉じていたら不意に聞こえてきた言葉。

それにキーリは驚いた様子で声を上げていた。

見た目は普通の人間と代わりない為に、不死人特有のあの再生能力を見るか教会兵にでも追われる現場を見ない限りそう簡単に正体は見破られる事はない。

どういうわけか年寄り連中やこの少年の様な奴らにはばればれらしいが。

とりあえず、俺も思わずぴくりと反応しそうになるがそのまま寝たふりを決め込もうかと考える。

でもそんな見え透いた狸寝入りなんてのはすぐにばれるだろう。

“不死人”を知っているという事はその不死人が睡眠も食事も必要ない事を知っている筈だ。

それが、ただ戦争の兵器として人間を基に作られた異常な再生能力と不老不死に近い能力を持つ“不死人”。

かといって、俺の正体を見破られたからと言っていちいちそれに反応してやるのも面倒臭い。

教会に通報されるなら別だが。

そう感じてハーヴェイは結局身じろぎ一つする事無く会話への参加を放棄する事にした。

それに、キーリの答えが気にならない……事もないというのもまああったから。

そんな事を実際に口にしたらまた兵長にからかわれるのだろう。

心なしか窓の縁に置いたラジオからアップテンポな曲と一緒に視線を感じるが、ここは無視するに限る。


「だってこのおにーさん、戦争の悪魔って言われてた不死人でしょ?危なく無いの?」

「そんな事は」

「それとも拐われたとか?」

「人を勝手に誘拐犯にすんな」


相変わらずキーリにべったりな少年の言い分に、キーリは否定しようとしていたらしいが、次いで出たその少年の言葉にはハーヴェイが反論した。

だんまりを決め込もうにも、流石に今の発言は聞き捨てならない。


「ふーん、じゃあキーリは全部知ってて一緒にいるんだ」


何処か不思議そうな意外そうな声が上がる。


「でもさ、“おにーさん”って僕も言ってるけど本当はかなりの年だよね。キーリとの年の差考えたら犯罪だと思うんだけど」


こいつはさっきから好き勝手言いやがって……!


だが、そんなぴくりとハーヴェイの片眉が上がったのに気付かないまま、キーリは何処か苦笑混じりに口を開いた。


「ハーヴェイはハーヴェイだよ」


いつも思う。

彼女と出会った頃は何処か控えめな印象を受ける事が多かったのだが、意外と頑固というか何というか。

とにかく何かを決心した時のキーリは凛とした揺るぎない目と口調をする。

そう、今の様に。


「不死人とか年とか関係なくて、私は“ハーヴェイ”と旅がしたいって思うから」

「……」

「それにハーヴェイは悪魔なんかじゃないから」


あー、やばい。

今キーリの顔をまともに見れない。

お前は何だって本人を目の前にそういう事を言えるんだ。

こっちの身にもなってくれ。


「だからね、ハーヴェイと居たいから私は自分でこうして一緒にいるの」

「へー」


にこりと笑ってそう言ったキーリ。

何でこんなに背中がむずむずすんだ。

しかもさっきよりも兵長の視線をもろに感じる。

といっても魂がラジオと完全にシンクロしてる為にごく偶にノイズで顔が形成される位だから、実際に今現在兵長の顔はないのだけれど。

とりあえず、ここは居心地が悪いからまたデッキに出て煙草を吸って来ようか。

幸いまだポケットに何本か残ってるし。

よし、そうしよう。

そう思って組んだ足を下ろそうとした時


「でもあれだね、ならこの不死人のおにーさんはロリコンって事なんだ」

「なっ!」


予想外の言葉にハーヴェイの動きがぴたりと見事に止まった。

心なしか口の端が引きつって見えない事もない。


「“ロリコン”?」

「キーリ、お前は変な言葉を覚えなくて良い!」


誘拐犯に間違えられるのも心外だが、ロリコンって何だ!

しかもキーリに後でロリコンが何か聞かれそうでもの凄く嫌だ。


『くく、まあキーリが16でハーヴィー、貴様の“見た目”の年齢が20代としても実年齢でいえば俺よりもずっと上だからな』

「はぁ……だから“ハーヴェイ”だって。たく、なら兵長ももう少し俺を敬ってもいいんじゃないか?」

『ふん、精神年齢が全然成長しとらんガキ同然な奴を敬えってのには無理がある』

「あーそうですか……」


もう何についてかは分からないが面倒臭くなってきて、煙草を諦めもう一度目を瞑ることにした。

そうすればこっちが会話をする気が無いことを感じとってくれるだろう。

何だってこんな事になったのか。

ああ、そうか。

キーリが“幽霊の少年”なんかに懐かれるからだ。

霊感があるのは仕方がないが、もう少しそいつらの事を無視すべきだと思う。

そうじゃないとこいつらは自分の存在を認める奴に喜んで、ちょっかいを出してくるものだ。

この少年やベッカみたいな比較的無害な奴だけじゃなくて、中には厄介な悪霊連中もいるんだから気を付けろと言っているのに。

なのにこんなにしょっちゅう引き寄せるのは俺が何とかしてくれると安心して俺を頼ってるからなのか?


……て、これ自惚れだな俺



「ちなみに、不死人のおにーさんはどうなの?」

「あ?」

「おにーさんもキーリと一緒にいたいの?」

「……」


こいつ態とか?

さっきから態と俺にとって答えにくい質問してくるのか?

しかもお願いだから、そんな期待と不安のこもった視線を向けないでくれキーリ。


「……俺は」



荒野が広がるこの惑星を走る汽車が次の駅に着くのはまだまだ先だろう

双子月が空を支配する夜が訪れるのもきっともう少し後で

目に掛かる位少し長くなった赤銅色の自分の前髪を意味もなく見詰めてから

真っ黒な髪と瞳を持つキーリへと一度だけ視線を寄越してから

俺は髪と同じ赤銅色の瞳を窓の外に向けて、カタンカタンと汽車の揺れに身を任せながら口を開いた―――














I hold you dear

(君を大切に思うよ)












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