buon viaggio

□ある昼下がりの微睡み
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“ガチャ”


「ただい……」


滞在中の部屋のドアを開けると同時に目に飛び込んできた見慣れぬ、というよりも似合わないと言った表現の方が近いようなその光景にキーリは思わず動きを止め瞠目してしまった。

いや、似合わないというのは失礼だったかもしれない。

単に“そんな姿”を見たことがなかったのでとっさにそう思ってしまっただけであり、別段おかしなことでは無いはずだ。

とはいえ、貴重な場面である事には違いないと思うけれども。


そんな、暫くぽかんとした表情でただただ“そこ”を見詰めるキーリの様子にいい加減痺れを切らしたのか、もしくはただ単に居心地が悪くなったのか。

窓の外を眺めながらタバコを吹かしていたハーヴェイは、視線を彼女に移しどこかぶっきらぼうに声を投げた。


「何」

「あ、えと、その……。ハーヴェイ、その子どうしたの?」

『まさか勝手に拾ってきたわけじゃねえだろうな、ハーヴィー』

「ハーヴェイ。……んなわけないだろ。窓が開いてたからか、いつの間にか勝手に入ってきたらしい」

「……、ハーヴェイが“そこ”に乗せたの?」

「まさか」


間髪入れずに返された否定の言葉は予想通りのものだった。

予想通りのものではあったのだけれど、でも、ハーヴェイが“それ”を受け容れたままというのも意外な気がしてしまってつい凝視してしまう。


「寝てる?」

「ああ」


向かうのはハーヴェイが腰掛けているソファー。

そっと音を立てぬように、彼の膝の上で体を丸めている猫を起こさぬように。キーリは静かにハーヴェイの隣に腰掛けた。


「可愛いね」


その言葉が誰に向けたものだったかと言えば勿論寝ている子猫にではあるのだが、くすりと一緒に漏れた笑みはその猫を起こすことなく追い払わずにいるハーヴェイに対してもで。


『にしても、なんでお前の膝なんかに』

「さあ。単に、暖かかったんじゃないの」

『ああ、確かに日当たりいいからなここは』


音量を控えめにした兵長の言葉にハーヴェイはどうでもよさげに返しながらも、起こしてしまわない程度の優しい力でぽんとその背を軽く撫でた。


「―――」


そのハーヴェイの行動はただ何となくのものだったに違いない。

なのに何故だろう。

自分と違って簡単に無条件にその行為を受けられる事も、“そこ”にいられること事も、そしてそうやってその眼差しを向けて貰えるという事すらも羨ましいと思ってしまったのだ。
相手は子猫だというのに。


思わずそんな感情を抱かずにはいられなかったのは、もし自分も猫だったならハーヴェイに撫でて貰えたのだろうかとか、ハーヴェイの温もりをもっと近くで感じられたのだろうかとかそんなふうに考えてしまったから。

今こうして、少し間を空けて座ることしか出来ない自分と違ってもっと自然に、何の気兼ねなくただ単純に―――。


「なんか、この猫お前に似てるな」

「え、ええ!?」

「いや、黒いし何となくだけど」

「黒い……」


ふと物思いに耽っていたキーリを現実に引き戻したのは到底褒め言葉とは受け取れぬもの。

なのにキーリが思わず声をひっくり返してしまったのは、さっきまでずるいとさえ思っていた相手にも関わらずハーヴェイから似ていると言われ嬉しくなってしまったからだ。

自分は本当に単純だと思う。

ハーヴェイがこの猫を受け容れた理由はもしかしたら自分に似ているからなのだろうか等と、自分にとって都合のいい解釈をして頬を緩ませてしまうのだから。


『お! 起きたぞ!』

「ほんとだ」

『あ』

「あ」

「……」

「行っちゃった、ね」

「まあ、気が済んだんだろ」


呆気ないという言葉がぴったりなくらいに、欠伸一つ残してするりと窓の外に消えた小さな訪問者。

だがそんな事に構うことなく猫がいなくなった事で漸く動けると言わんばかりに体を動かすハーヴェイ。

やはり猫に気を遣っていたらしい彼の律儀さとそしてそれとは正反対にも見えるその仕草に、キーリがふっと笑みがこぼせば



“こつん”



「っ」

「何笑ってんだ」

「……え? あ、ううん、なんでもない」


先程の猫とは違って小突くように、けれど訝しげな表情と共に弱い力で頭に触れたハーヴェイの手。

それは既にキーリからは離れてしまっているし温もりだって感じられるものではなかったけれど、でも、それでも今のキーリにはそれで十分なのだ。

子猫を見て羨むなんて、今の自分は随分欲張りになってしまったらしい。

ハーヴェイと兵長と一緒に旅が出来ていることだけでもとても幸せなことだというのに。


まさにハーヴェイの言葉通り、自分はあの猫のようなのだろうとキーリは思った。

温かくて気持ちのいい居場所を見付けそこでまどろむ私。

それを追い払わず受け容れてくれているハーヴェイ。

だけど、あの猫と自分が決定的に違う箇所を上げるとするならば、

“私だったら、自分からハーヴェイと兵長の元を去ったりはしないのにな―――”

という事だろうか。


こうしてハーヴェイと兵長とキーリが一緒に過ごせる穏やかな時間がずっと続かないことは頭の中では分かっている。




けれど、それでも


叶うことならば、どうかこのまま2人と1台の旅が続きますようにと


そして今は守られてばかりの自分でもいつか二人を守れるようになりたいと


キーリは強くそう思った―――









20150220

(20150111開催ワンドロ参加作品)
(行間以外はワンドロ参加時のまま無修正です)

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