Song tibi

□揺れる傘一つ
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窓ガラスに打ち付ける無数の水滴。

厚い雲から降り注ぐそれは朝よりも勢いを増していて、足下にいくつもの小さな水溜まりを作っていく。

下校時間と言う事もあってか、見下ろした先の道を色取り取りの傘の群れが埋めていた。

傘を差したままでは車道に出ずに歩道を歩くのは少々窮屈そうで。

ガードレールのない白線で仕切られただけの境界線を飛び越え、収まりきれなかった傘がぽこりぽこりと車道に飛び出ている。

まあ、雨の日に限らずとも友達と帰る生徒は大体が白線を跨いでいたりするけれど。


「待たせて悪ぃな」

「んーん。用事は終わったの?」

「おう」

「じゃ、千昭も来た事だし帰るか」


廊下の窓に寄りかかって外の景色を眺めていたら、ようやく千昭がやってきた。

功介の声にとん、と勢いを付けて窓から離れれば、上履きのゴムが擦れてキュッと音を立てる。

雨の日は湿気のせいか、そんな小動物の鳴き声みたいな音が鳴りやすい。


「にしても、雨止まなかったねー」

「いい加減止んでくんねーかなぁ」

「確かにここ最近ずっとだよな。……でも、まあ梅雨だから仕方がないんだろ」


キャッチボールしたかったのにぃ、と恨みがましく呟けば功介はどこか悟った様子でそう言った。

こうして下駄箱へと歩く3人の中で一番大人なのは功介だと思う。

ちなみに次ぎに大人なのは誰かという疑問に関しては、実際にその話題を出した時に言い合いになったあたしと千昭の姿に見かねた功介の「どっちもどっちだな」という一言によって終止符を打たれる事になった。

あたしと千昭、二人のむすっとした顔を残して。


「あ! ねーねー、これからカラオケ行こうよカラオケ」

「お、いいなカラオケ」

「でしょでしょ」

「なぁ、功介も行くだろ?」

「……お前らなぁ、カラオケならこの間も行ったばっかだろ」

「えー、別にいいじゃん」

「なー」


呆れたような功介の言い分に二人して口を尖らせる。

野球もキャッチボールも出来ないならば、カラオケしかないじゃないか!

ちなみに、雨の日に図書館で勉強なんて選択肢は始めからない。

机に向かって10分。

いや、5分ともたず突っ伏す自分が簡単に想像出来る。


「あ、もしかして功介何か用事あるの?」

「いや」

「なら、いいじゃねぇか」

「そうだよ!」

「……はぁ、分かったよ」

「よっし、決まり!」


ぱちんとハイタッチするあたしと千昭。

そんなあたし達の姿に可笑しそうに口元を緩めながら、功介は靴を履き替え始めた。

そういえば、以前たまたま聞いてしまった“とある会話”。


“なぁ、津田。何でお前あの二人といつも一緒にいるんだ?”

“なんつーか、お前とあいつらってタイプ違くね?”


悪意があるわけではなく、純粋な疑問からであろうその問いかけ。

功介を迎えに行った移動教室前で耳に入ってきたそれに、あたしと千昭は自然と足を止めていた。

功介は頭もいいし、あたし達とは確かにタイプは違うのだろう。

あたしみたいなバカなんかと一緒にいるのは、周りから見たら不自然なのかもしれない。

もしかしたら一緒にいてくれてはいるけど、功介だって本当はあたしの事を面倒臭い奴だと思っているのかも知れない。

大人だから、それを口に出して言わないだけで……。

そう考えていけばいくほど、指先が冷たくなって心臓が嫌な音を立てる。

その会話を聞いてなかったふりをして教室に入れば、その言いようのない恐怖心を煽る会話を遮ることが出来るだろう。

だけどそれをしなかったのは、功介の答えが聞きたかったからなのか、それともただ単に凍り付いた足が動かなかったからなのかははっきり分からない。

その代わり、同じ様に隣で足を止めた千昭の袖を、無意識の内に縋るようにきゅっと握っていた。

そんな千昭もただ黙って耳を傾けている。

その表情を見る事は叶わなかったけど、きっと、あたしと同じ様に顔が強張っているのだと思った。

こくり。

どちらかの咽が小さく鳴ると同時に、私達の存在に気付いていない功介は眼鏡を外しながら口元を緩めて


“んなの、一緒にいて楽しいからに決まってんだろ”


と、悩む間もなくあっさりと告げたのだ。

“一緒にいたいと思う奴らだからに決まってる”、と。

それに、凍り付いていた表情が、足が、指先が、すぅと溶けていくのが分かった。

隣の千昭からも同じ様に力が抜けていくのが何となく空気で分かった。


“一緒にいたいと思う奴ら”


功介のその答えが嬉しくて

こうして3人で一緒にいる事を望んでいるのがあたしだけじゃない事が嬉しくて、すごく嬉しくて

気付いたら、さっきとは違う意味で千昭の袖をぎゅっと握っていた―――



ふとそんな事を思い出して自分の下駄箱前で思わずへへっとにやけていたら、どうやら靴を履き替えるのが一番最後になっていたらしい。

とっくに履き終えた二人の姿に慌ててローファーを取り出して爪先をとんとんと鳴らしていると、傘立ての辺りにいる千昭がいきなり声を上げた。


「あー! くっそ、やられた!」

「んあ? 何、千昭どーしたの」

「ちくしょうどこのどいつだよ! 俺の傘パクったやつ!」

「あーあ。もしかしてビニ傘?」

「……おう、コンビニの」

「ビニ傘だとバレないと思ってるのかパクられ率多いよねー」

「ったく、犯人見付けたらただじゃおかねぇからな!」


この雨の中を傘無しで帰るのが嫌だというのは確かに分かるけど、人のもんを盗って帰ったら持ち主が迷惑だと考えないのだろうか。

まあ、考えられていたら盗ってくなんてしないだろうから、そういう人間は自己中なんだろうきっと。


「……なあ、功介。わりぃんだけど一緒に入れてくんね」

「しょーがねーなぁ」

「へへ、さんきゅ」


手を合わせてお願いする千昭に、功介は返事をしながらぎゅうぎゅうに詰まった傘立ての中から自分のを探し始める。

だが


「……、……あれ」

「どうした、功介」


今度は功介が呆然とした声を上げた。


「無い」

「は?」

「傘立てに無い……、俺の傘もパクられたみたいだな」

「はぁああぁぁぁ!?」

「え、功介の傘ってビニ傘じゃなくて普通のじゃなかったけ?」

「……ああ」

「しかも、結構いい傘だったよね?」

「……まあ」

「くっそ、功介のまでとか見境無しかよ!!」


がしがしと頭を掻く千昭は心底苛立たしげにそう吐き出す。

そして犯人がまだ近くにいないかと、目つきを険しくしてきょろきょろと辺りを見回し始めたが、残念ながら既に逃走済だったようだ。


「……となると」


暫し間を開けた後、不意にある一点を見詰め始めた千昭。

それに若干遅れた功介も同じ様にある一点を見詰めてきて。


「……」

「……」

「……へ」


そう、その一点とはあたしの顔だ。


「……」

「……」

「え、ちょっ、待って。あたしの傘これだよ!? こんなのに3人は無理だって! どう考えたって無理だって!!」


二人の無言の訴えが何なのかに思い当たらないほどあたしは鈍くない、つもりだ。

千昭と功介の言い分を察したあたしは、慌てて自分の傘を指さして訴える。

流石にこの傘に入るわけがないだろう。


「……まあ、何とかなるだろ」

「……ああ、何とかなるだろ」

「いやいやいや意味分かんないから!!」


何をどうしたらこの女子用の小ぶりの赤い傘に高校生が3人も入るというんだ!








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