Song tibi

□夕焼けに溶けた君はまるでこの青空のように
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「あっつー」


今年の夏はいつにも増して気温が高いって天気予報が言ってたっけ

あー、もうこんな日に外に出るなんてあたしどうかしてる

このままじゃ全身の水分がなくなりそうだ




……あれ?




でもなんであたし外にいるんだろう

何か買い物とか頼まれてたっけ

というか何で外に出たんだっけ

魔女叔母さんのところに行こうとしてたとか……




「……」




いや、違う



“違う”っていうことは分かるのに

なのに

なんで何も思い出せないんだあたし



「あだっ」


疑問だらけでふと足を止めて考えていたらあたしの頭に不意に何かが当たった

というか落下してきたと言った方が正しいのかな

とにかく、それは結構な固さで痛みに思わず変な声を漏らすと同時にあたしは頭を押さえる

そして生理的に浮かび上がってきた涙を何とかこらえる事に成功した

急に一体なんだと思って視線を落とせば、足下にころんと野球のボールが転がっている



まったく、あたしの頭を狙うなんてどこの馬鹿だ!



と、恨みがましい視線を送ろうとあまりの痛さに俯いていた頭をゆっくりと持ち上げた

そうすればそこには

















「うそ……














ちあ……き?」


















「ははっ、わりぃわりぃ。まさか本当に当たると思わなくてさ。手前で落とすつもりだったんだけど俺のコントロールが上手すぎて真琴の頭に当たっちまったらしい」

「……」

「そもそもお前が来るのおせーからいけねぇんだぞ」


文句を言おうとした口はぽかんと間抜けな形に開けられたままで言葉を紡げないでいた

涙が浮かんでいた目がこれでもかと見開かれて瞬きさえ忘れている

どくどくと早鐘を打つ心臓は驚きとか喜びとか混乱とかが合わさって今にも破裂しそうで

暑さなんて比じゃないくらいにこの状況があたしの頭を機能停止させた



だって無邪気に笑う千昭がそこにいたから



「なん、で?……。……千昭なんで!?どうしてここにいんのっ」


だって


だって千昭は未来に帰ったはずなのに


“未来で待ってる”って河原で言っていなくなった筈なのに


どうして


どうしてここにいるの―――



「は?お前頭大丈夫か?」


ある意味ショックを受けた様な悲惨な顔をあたしはしてたと思う

だけどそれは嬉しさとか寂しさとか色んなものが混じった感情からで


「お前とキャッチボールするって約束してたからに決まってんだろ」

「やく、そく?」


正直そんな約束をした覚えはない

だけど千昭があまりに自然に言うから

ここにいるのが当たり前の事の様に言うから

あたしは何が本当なのか分からなくなって


「……え、じゃ、じゃあ功介は?」

「お前本気で医者に診て貰った方がいんじゃね?功介なら図書館に行くから来れないって言ってただろうが」

「……そうだっ、け」

「あ、それかあれか?さっきの俺のボールのせいでもとから可笑しかった頭がさらに可笑しくなったとか?」

「なっ、違う!!」

「はは、そう怒るなって。冗談だろ」

「っ」


あの笑顔で千昭が今あたしの目の前にいる

楽しそうな低い声があたしの耳を刺激する

わしゃわしゃと“あの時”みたいにあたしの髪を撫でている


あたしより大きな手


それは安心出来るものの筈なのに


優しい温かさの筈なのに


どうしてだろう


嬉しくて


また千昭に会えたのが嬉しくて


やだ、泣きそうになる




「おい……真琴?」


あの河原での別れはきっとあたしの夢だったんだって思った

だってあれが夢じゃなきゃ千昭は今ここにいないもん

こうしてあたしに笑いかけて

こうして頭を撫でてくれるなんてある訳ないもん


そうだ

そうだよ

あれは夢だったんだ

これからも千昭と一緒にいられるんだ

良かった

……良かった


「ほら、そろそろキャッチボール始めんぞ」


あたしの髪を撫でていた手があたしの手を取る

夏の太陽にも負けないくらいの笑顔があたしに向けられる

泣きそうになるのを堪えて

つんとしそうになる鼻を宥めて


「取れなかった方がアイス奢るんだからね!」

「へぇ、じゃあ俺は何にしようかなー」

「ちょっ、なんで奢って貰う気満々なのさっ」

「さっきの俺のボールを取れなかった時点で勝負は目に見えてるようなもんだろ」

「あれは不意打ちじゃんか!そもそもデットボールとか反則だし!」

「あれは取れなかったお前が悪い」

「むっかー!!」

「くくっ」

「笑うなぁ!」

「はは、はいはい」

「……」

「……なぁ、真琴」

「何よ」

「あのさぁ……」

「……何」

「いや、やっぱいいや」

「何それ気になるじゃんよ」

「何でもねぇって」

「気になるから言って!……あ、じゃああたしが勝ったらアイスと今の事言う事」

「両方とかお前どんだけ図々しいんだよ」

「いいじゃん」

「たく、これじゃ負けられねぇな。……いや、負けた方がいいのか?」

「?何か言った?」

「いや、何も」

「そう?……よーし、じゃあ行くよ千昭!」

「おうっ、いつでも来い!」




























ちりーん―…‥・



























「……」


耳に届いたのは風鈴の涼しげな音

お祭りに行った時に金魚の柄が可愛いって言って買った奴だ


ぼんやりとする頭

段々とはっきりしてくる視界


あたしの部屋の窓辺に吊されている風鈴が定まらない視線の先で揺れている



あれ……

さっきまでグランドにいたのに何であたしはここにいるの?




「ちあ、き?」




どこにいったの?


チアキ


ちあき


千昭


ねぇ、どうしていないの?



「……」


うっすらと暑さで汗ばんだ額

自分のベットに横になっているあたし

枕元のデジタル時計が映し出したのは午後3時で


「おねーちゃーん!お母さんがプリン買ってきたってー」


あたしを下の階から呼ぶ美雪の声

それによって状況を把握し始めたあたしの頭がじわじわと嫌な痛みを伴って現実を突きつけてくる



気温と反比例してひやりと下がる体温

浅くなる呼吸

目を覆うように額に腕を乗せればべとりと汗が張り付いた




胸が締め付けられる様に痛い


“さっき”撫でられた髪に残る感触がリアル過ぎて辛い


あの眩しいばかりの笑顔が瞼の裏から消えなくて苦しい



夢だったのは“あの日の事”じゃなかった


千昭と別れた日は夢なんかじゃなかった


夢だったのは


都合のいい夢だったのは―――









「っ、うっ、くっ」







あいたい


会いたい


会いたいよぉ








「千昭ぃっ―――」










夕焼けの中消えた君を追って



今すぐにでもこの青空の下駆けていけば



時を超え未来へ行けたなら



またその笑顔を見れるだろうか



今度は言えるだろうか



君が誰よりも


何よりも



好きだと言う事を―――















(夕焼けに溶けた君は)

(まるでこの青空の様な笑顔であたしを呼ぶんだ)



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