Giornale di bordo
□この巡り合わせにありがとうを
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「ふ〜ん。つまりヤギはウシウシの実・モデル“ヒツジ”を食ったって事か」
『はい、そうなんです〜』
ルフィの質問ににこにこと答えるのは、褐色の肌と白い髪を持つ“ヤギ”という名の少女。
もともとの性格と、口にした実の動物の気性が相まってなのか何ともぽやや〜とした空気を纏っている。
「にしても、名前がヤギで羊ってのがまた何ともシュールな……」
「やっぱジンギスカンの方がいいんじゃねェか?」
「んな訳あるか!!」
「おれはヤギが怪我してたんじゃなくて医者としても安心したぞ!」
芝生の上に置かれた椅子に腰掛けるヤギの周りでは、地面に座る面々が興味深そうにわいわいと好き勝手に発言していた。
「それにしても、ヤギは何でわざわざ羊の姿で昼寝なんてしてたの?」
ヤギと同じく椅子に座るナミは、テーブルに頬杖を突いて不思議そうに問いかける。
能力者に成り立てであれば、能力に慣れずに上手く戻れなかったという事もあるかもしれない。
でも、ヤギの場合はどうやらそういう訳ではなさそうで。
『あ、それはですね〜。人間の姿で寝ていたら危険なので、外で寝る時は羊になっていた方がいい、って言われたからなんですよ〜』
「ま、まあ確かに女の子だし襲われたら洒落にならないものね……。でも、洋服着た羊が外で寝てるのもどうかと」
人間とはまた別の理由で視線と興味を集める事は間違い無いだろう。
「といっても、ここはグランドラインだし羊が洋服を着てるくらいじゃ何ともないのかしら……」
『それに、攫われたらどうするんだ!とか、他にも色々心配して頂いたので、そのご忠告を無駄にしない為にもと思いまして〜』
「あ〜、確かにおれならぶっ飛ばせるけどおまえ弱そうだし、攫われたりしたら大変だよなァ。うんうん」
『そうなんですよね〜。なので人攫いに遭わないように、羊になるようにしてるんです〜』
「「「あーなるほどー……」」」
「……。……って、羊になってても攫われてきてますけど!? しかも攫ってきた奴がのほほんと同意してますけど!!?」
『はっ、確かに!』
一同がヤギの言い分に納得しそうになった時、ハッとしたウソップがすかさず鋭いツッコミを入れた。
『……でも、同じ攫われるのなら礼儀正しいルフィさんで良かったです。ルフィさんが攫って下さってありがとうございました〜』
「いやいやいやいやお礼言うとこ違うだろ! しかも攫って来た挙げ句食おうとしてた奴が礼儀正しいとか違うだろ!!」
「だっはっはっは、礼儀正しいなんてやめろよ、照れるじゃねェか」
「お前はお前で照れてないで謝れよ!!」
あははうふふと呑気に笑い合う当人達は相変わらずのペースである。
ウソップが若干げんなりしていると、突然ドアがバーン!と開き、クルクルと回りながら黒い影がヤギに近付いてきた。
「ああ、道に迷ったか弱く可愛らしい子羊さん。おれが狼の牙からあなたを守り、正しき道へと導く羊飼いとなりましょう。……本日のおやつ、ズッパ・イングレーゼ。どうぞお召し上がりを」
ことり、とヤギの目の前に置かれたのは、何ともお洒落なスウィーツ。
たっぷりのシロップで湿らせたスポンジとカスタードクリームを重ねたその上には、山盛りのイチゴと生クリームが飾り付けられている。
『うわ〜、とても可愛くて美味しそうです! でも、本当に私が食べてしまっていいんですか?』
「もっちろん!」
顔を輝かせるヤギの様子にメロメロしながらも、サンジはしっかりナミの分もあわせて丁寧に紅茶をサーブしていた。
『ありがとうございます!では、お言葉に甘えて早速頂きますね〜』
“はむっ”
『……っ!! 美味しい!!』
「だろ!? サンジの作るメシは世界一美味いんだ!」
『はい! とってもとっても美味しいです!』
「ヤギちゃんに喜んでもらえておれは幸せだぁ〜」
「なぁ、サンジ〜。おれもまた食いてェ」
「テメエはさっきたらふく食っただろうが! 夕飯まで我慢しとけ!!」
もぐもぐと口を動かすヤギは幸せそうに頬を緩ませる。
そんな彼女の表情にサンジはぐねんぐねんと体をくねらせて喜んでいたが、ルフィの発言は当然の事ながら容赦なく却下。
ルフィはブーブーと口を尖らせていた。
その隣で、ふとチョッパーが興味深そうに声を上げる。
「ところで、ヤギはこの島の奴なのか?」
『いいえ、違いますよ〜? 私、植物の研究で旅をしていまして、今日次の目的の島に向かう船に乗る予定だったんです〜』
「じゃあヤギは植物学者ってことか!」
『そんな大したものじゃないんですけど色々ありまして〜』
「ふ〜ん。けど港に他に船なんて見当たらねェけど、ヤギはどの船に乗ってく予定なんだ? これからその船が来るのか?」
こてんと首を傾げたチョッパー。
もっもっ、とおやつを頬張るヤギはゴクンと飲み込んでからニコリと笑顔を浮かべ。
『あ、その船なら出ちゃいました〜』
「あー、出ちゃったのかー……。……て、え゙?」
『えっとですね、乗る予定の船はもう出航しちゃったんです。何ヶ月に一回来るか来ないかの船だったんですけどね〜』
「「「「「はぁあぁぁあぁ!?」」」」」
告げられた事実にギョッとする一同。
だが、当の本人はへけらっとしてまた一口スプーンを口に運び幸せそうな顔をしている。
「はっ、まさかルフィが連れてきちゃったせいで乗り遅れたってこと!? ちょっとルフィなんて事してんのよ!!」
「わ、わるいヤギ!ウマそうだと思ってつい」
「テメっ、“つい”で許されるか!“つい”で!」
「そうよ! しかも、ヤギが向かう島に行く船が次にいつ来るか分からないじゃない!!」
口々に非難を浴びるルフィも流石に悪いと感じてるのか、ナミにガクガクと揺さぶられながらも謝った。
が、そんなクルーの様子にキョトンとするヤギ。
『あの、乗り遅れたのはルフィさんのせいではないので、気にしないで下さいね〜?』
「え? そうなの?」
『はい、私が昼寝をしていたせいで乗り遅れただけなので〜』
「「「「「……」」」」」
『ふと目が覚めてその事に気付いたんですけど、今更どうしようもないのとまだ眠たかったので、とりあえず二度寝してたんです〜。たぶんその時にルフィさんに拾われたのではないかと』
「つまり寝過ごしたのかよ! しかも慌てるどころか二度寝とかどんだけマイペースなんだよ!」
「おいウソップ! テメエヤギちゃんを責めてんじゃねェよ! オロすぞ!!」
「でも、乗り過ごしたとなると、ヤギはこの先どうするつもりだったの?」
『お昼寝のあとに考えようと思っていたので、まだ何にも決めて無いんです〜』
「(こ、この子、なんか大物ね……)」
ウソップに食ってかかるサンジを横目に、自分と同じ歳であろうにこの動じ無さはある意味尊敬に値する、とナミは呆れた様にそう零した。
『ハッ、というか私こんなにまったりしていてはお邪魔でしたよね! しかも美味しいおやつまで頂いてしまって……。呑気にすいませんっ、そろそろ失礼しますね!!』
今の状況を思い出し、ヤギは慌てたようにそう言う。
楽しい時間に甘えてすっかり居座ってしまった。
「まあまあ、そう急ぐなって」
『いえ、これ以上はっ』
迷惑になってしまうと、イソイソと帰る準備を整えているヤギに、二カッと笑ってルフィが声を掛ける。
「まあ、なんだ。おれ達がヤギをその島に連れてってやるよ」
『え……?』
「ヤギの目指してる島がどこか知らねェけど、このサニー号で乗せてってやる」
『えっ?』
「て言っても、出発するのはログが溜まってからだし、他の仲間が帰って来てからになるけどね」
突然のルフィとナミの発言にヤギはびっくりして目をまん丸にした。
驚きすぎて声も出ない様子に苦笑しながら、ナミは言葉を続ける。
「ウチの船長が失礼な事をしたのは事実だもの。それくらいはちゃんと責任とらせてもらうわよ」
「すわぁっすがナミさん!! おれもヤギちゃんを乗せるの大賛成だぜ!!」
「お、おれもヤギに薬草の事とか色々聞きたいぞ!」
『で、でも、それだと皆さんにご迷惑が……』
「んな事気にすんなって。船長のおれがいいって言ってんだからよ!」
「そうそう、普段のルフィの言動に比べたら迷惑どころか可愛いものよ」
「む、ナミ。今の言葉はおれに対して失礼だぞ」
「お前は少し自覚しとけルフィ」
「まあ、乗りたくないならもちろんヤギの意見を尊重するけど、……どうする?」
『……』
聞いたところヤギの目指す島は、ここからログポースをいくつか辿った島らしいので、航海にも特に支障はない。
その旨も伝えた上で、未だオロオロとしているヤギにナミは明るく問いかけた。
『えと、その……』
その申し出は自分にとってとてもありがたいものだ
でも
自分は初対面の人間なのにこんなにも良くしてもらって良いのだろうか
別に隠す様な素性はないけれど、こんなにも快く受け容れられても良いのだろうか
自分の都合で乗り遅れただけなのに図々しく送り届けて貰うなんて……
申し訳なさと戸惑いですぐに返答が出来ない。
けれど、
ぐるりと見渡せばわくわくしているような、何かを期待しているような表情でみんながこちらを見ていて。
『……』
“人間持ちつ持たれつだ”
『(ぁ……)』
“お互い助け合うのが人ってもんだろ”
『あ、あのっ。ではお言葉に甘えて……よろしくお願いします!』
気付けば自然とそう口が動いていた。
すると、勢い良く下げた頭の上で嬉しそうな声が次々と飛び交い始める。
「しっしっし、おう! 任せとけ!」
「いよっしゃぁっ、今日はヤギちゃんの好きな夕食を作るぜ!」
「なあなあヤギ、おれに珍しい薬草について教えてくれっ」
「この船で注意する事ならおれ様が教えてやるぜ? 特にナミについてはだな」
「航海についてはこのあたしに任せておけば問題ないから安心していいわよ」
『っ、皆さんありがとうございます!』
本当に親切で優しい素敵な方ばかりだと、ヤギが嬉しそうに心からお礼を口にした。
乗せて貰うからには自分も何か役にたたなくては!!と、密かにヤギが意気込んでいると、
「たーだーし!」
『?』
不意にナミがヤギの目の前にビシッと指を立たせ、ズイと顔を近付ける。
どこか真剣みを帯びたその表情に、ヤギも珍しくキリッとなるも
「ウチのクルーは騒がしくて変わった奴らばっかりだから覚悟しときなさい? 」
ナミはウィンク付きでにっと笑いながらそう告げた。
気負おう必要はないのだと、まるでそう言うかのように。
そんな言葉に一瞬ポカンとするヤギ。
けれど
『ふふ、今からとっても楽しみです!』
次の瞬間、彼女は楽しそうに弾けるように笑った。
こんな優しい人達に巡り会えるなんて自分はなんて運が良いのだろうか。
感謝してもしてもしきれない程だ。
『ああ、それにしてもこんなにも素敵な方々と出会えてとっても美味しいおやつまで頂けて、しかもこんな立派な船に乗せて貰える事になるなんて、何て今日はいい日なんでしょうか〜。嬉しいと同時にホッとしてきちゃって私』
「“わたし”?」
『私……』
「?」
“もふんっ”
「!!?」
『……グー』
「「「て、寝るんかい!!」」」
いきなり獣型になったかと思えば、そのまま椅子の上に俯せになるようにでろーんと伸びた羊。
サフォーク種特有のその黒い顔と手足は流石に一人掛けの華奢な椅子に収まりきらず、これまたでろーんと椅子から垂れている。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃっ、おもしれェ! こいつ干された布団みたいになって寝てんぞ!!」
「安心すると眠くなるって……。……何かこのマイペースさ、ルフィと似たにおいを感じるわね」
「あ、ああ……」
「おい!チョッパー!おまえもこのイスでやってみろよ!」
「ええ!? おれもかっ!?」
「羊になったヤギちゃんも何て愛らしいんだぁあぁぁ」
この巡り合わせにありがとうを
(で、ヤギはこのままでいいのか?)
(すぴ〜……)
あとがき→