小説T
□『St.Valentine…』
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『血のバレンタイン』…
いったい、誰がそう命名したのか…
━╋【St.Valentine…】╋━
造られた風が、自分の頬を撫でる。
今日は母の命日で…。
とても浮わついた日だった筈の今日が、いつからこんな日になったのだろう…
一瞬で…
あの一瞬で変わってしまったのだろうか…
一瞬で変わるものなのだと──…
「来ていたのか…。」
思考を中断させる、突如掛けられた背後からの声に振り返れば…
「…イザーク…。」
白銀のその姿。
久方振りにその姿を目にする様な…
其の癖、見慣れた様な気のするその姿…。
「お前が来るんじゃないかと思ってな…。」
その場に佇み、此方に来るでもなく告げるイザークに…
矢張、変わらないな…と…
「ああ…今日くらいはな…。」
その姿を、目を細めて見る…。
「…いつ迄此方に居る…。」
イザークも、此方を見たまま視線を逸さない…。
「……もう…。」
行かなければならない…
此処に止まる事は出来ないから…
言葉が無くて、唇を閉じる…。
「──────…。」
何も言わないまま、時が過ぎる。
この時間さえも心地良いと思ってしまう自分は……
「…今度は、いつ会える…。」
漸く開かれたイザークの唇から紡がれるのも、そんな言葉…。
「……分からない。」
今度いつ、この場に…イザークの前に立つ事が出来るのか…
イザークにはイザークの立場が在る…。
何故だか…そんなイザークに自分は会ってはいけない様な気がして…。
「…違ってしまったからな…」
何時からか…
立場が違ってしまった…。
同じ場所に立っていた筈なのに、何時の間にか…
全く違う場所へと……
「…違う場所に…来てしまったからな…」
白い軍服の似合うお前に、俺は不釣り合いで…
眩しいものを見る様に、目を細める…。
すると、そんな俺にイザークは眉間に皺を寄せ…
「違うっ!!」
あの何時もの怒鳴り声で…
「何が違う場所だっ!お前は此処に居るっ!俺と同じ場所に立っているだろうが!」
今迄立っていた場所から、此方へと詰め寄ってきて…
「勝手に離れていこうとしているのはお前自身だろうがっ!」
その言葉と共に、胸ぐらを掴まれ…
「……離れるなっ…!」
耳元で叫ばれるその声と、突如引かれたイザークの腕の中に、今迄の想いが…
「…俺はっ…お前が──…っ」
強く強く抱き締められた温かな腕の中で…
只々…
久方振りの優しいその声を聴いていた…
何故だか、涙が溢れた──…
end…