黒バス
□弟・黄瀬涼太の受難
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「えーっと……、こんにちは」
扉を開けた先には、オレの予想通り桃っちがいた。姉ちゃんが邪魔で少ししか見えないけれど、オレじゃなくて姉ちゃんが出たから戸惑っているみたいだ。
「桃ちゃんじゃーん。何?どうしたの」
「今日はきーちゃんとDVD見る約束してて……」
「そうだったんだ。へえ〜?」
姉ちゃんが振り返ってオレに意味深な笑みを向ける。この顔の時は絶対何か企んでいるから嫌な予感しかしない。
「…………なんスか」
「べっつにー」
いやその顔は絶対「別に」という顔じゃない。あとでからかってくる気満々な顔で、こうなるのが嫌だったから出てってほしかったのにオレの計画は失敗に終わった。
「相変わらず可愛いねえ。うちの弟にはもったいないくらいだわ」
姉ちゃんはオレに興味を失くしたのかは桃っちに振り返り、いきなり桃っちに抱きついた。
「ちょっとアンタ何してるんスか!!」
「だってかわいいから抱きしめたくなったんだもん。あーあ、涼太みたいなデカくて可愛げがない弟より桃ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったわ」
「ソレハドウモスミマセンデシタ」
「あ、でもアンタ達が結婚したら義妹になるのかー。うわー楽しみ」
「なっ!!」
確かにオレと桃っちは付き合っているけれど、まだ高校生だし結婚とかそんなことは全然考えてない。漠然と桃っちと結婚できたらいいなとかは思ったりするけれど、あからさまに口に出されると慌ててしまう。
そんなオレの慌てっぷりを観察して満足したのか、姉ちゃんは桃っちから離れて頭をなでる。
「じゃあ私、出かけてくるから」
「えっ?出かけるんスか」
さっきまでソファでくつろいでいた姉ちゃんの発言とは思えなくて、オレは思わず聞き返す。
「だってそっちの方がゆっくりできるでしょ?母さんたちは夜遅いから夕飯私が作んなきゃいけないし、それまでには帰るから」
そう言って姉ちゃんはリビングに戻り、しばらくするとバック片手に戻って来た。
「じゃあ桃ちゃん、また今度ね」
「あ、はい」
お気に入りのパンプスに足を通すと、姉ちゃんは桃っちと入れ替わりに外へ出ていく。そしてそのまま扉を閉めようとしたが、何か思い立ったのかまた扉を開けてこちらに顔を出した。
「涼太ー。一個だけ言っとく」
「なんスか」
「家でエッチなことしてもいいけど、桃ちゃんが嫌がることとか泣かせるようなことしたらぶっ飛ばすからね」
「……っ!!」
姉ちゃんのいきなりの発言に一気に身体の中が熱くなり、耳まで真っ赤になっていく。身体を震わせながらなんとか息を整えて、声を要するのに十数秒かかった。
「しねえっスよ!!」
「しないの?不甲斐ない弟だねー」
姉ちゃんはため息をつくと呆れたように肩をすくめる。なんだか小馬鹿にされたようでムカついたけれど、からかっていることが痛いほど分かっているのでこれ以上は慌てないように平常心を心掛ける。
ゆっくり深呼吸して高まった鼓動を落ち着かせたけれど、ムカついたものはムカついたので両手を強く握って姉ちゃんを睨みつけた。
「じゃあごゆっくりー」
そんなオレの視線を物ともせず、姉ちゃんは手をひらひらと振ると今度こそ出かけていく。
まるで嵐が過ぎ去ったあとのように急に沈黙が辺りを流れ、オレは視線を宙にさまよわせた。
「なんかごめんっス」
「ううん、大丈夫」
ようやく言葉を口にしたけれど桃っちと視線を合わせるのが気まずかったからちらっとだけ見たら、桃っちの顔も赤くなっているのが目に入る。
姉ちゃんのせいで微妙な空気が流れて気まずいし、恥ずかしくていたたまれない気持ちになる。なんとかこの空気を脱却しようと考えていたら、先に桃っちが口を開いた。
「いつ見ても素敵なお姉さんだね」
「そうっスか?桃っちに対してはああだけど、弟に対しては厳しいっつうか人使い荒いんスよ」
「口ではそうかもしれないけど、きーちゃんのこと思いやってると思うよ?今だって私たちのこと気遣って出かけてくれたし」
「それはそーかもしれないスけど……」
桃っちの発言にほだされかけたけど、オレは首を振って昨日の出来事を思い返す。
「昨日だってコンビニにアイス買いに行かせるし、部屋の掃除手伝わされるし、夕飯の時も片付けオレに押し付けるし、ホントろくなことないっスよ」
口を開けばあれをやれ、これをやれと何でもかんでもオレに頼みごとをする。たまに逆らおうとすれば姉ちゃんの機嫌が悪くなるから、口では何だかんだ言いつつ言うことを聞いてしまう。
子供時代の刷り込みか何だかわからないけれど、姉ちゃんには一生敵わない気がする。
くすくす。
オレが喋り終わると、桃っちがいきなり笑い出した。
「何笑ってるんスか?」
「きーちゃんってお姉さんのこと好きなんだなーって思って」
「はっ?今のをどう聞いたらそうなるんスか?」
「えーっとね……」
「女のカン、かな」
桃っちは不敵に笑ってそう言った。その笑顔に思わず見とれてしまったけれど、どこか姉ちゃんと同じ空気を醸し出している。
今思ったけど、一個追加。
桃っちにも一生敵わない気がする――。