黒バス

□Trick×Trick
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「…………スか」
「え…?」
声が掠れて聞き取れなかったのか、桃井は首をかしげた。
黄瀬はゆっくりと顔を上げると桃井と視線を合わせる。頬の赤らみは消えていて、真っ直ぐに桃井を見つめる。


「お菓子をあげなかったらどんなイタズラしてくれるんスか?」
黄瀬はそう言うと意地悪な笑みを浮かべる。表情は笑っているけれども目が笑っていない。その鋭い眼光に射抜かれて桃井は体が畏縮した。
その様子を見て黄瀬はさらに笑みを深くすると、一歩前に出て桃井に近づいた。
「あ、でも桃っちにイタズラは似合わないから、するならオレの方っスかね」
黄瀬は右手を上げて、指で桃井の左頬のラインをゆっくりとなぞる。触れた頬はすべすべしていて、触り心地がよく弾力がある。指が下あごにまで到達すると、軽く手を添えて離さない。
桃井のつぶらな瞳を覗き込むと、自分の顔が映っているのが目に入る。
いつもは違う誰かに夢中になっている桃井が今は自分のことだけを見ている、そう考えると胸が高揚した。
ほとんど無意識に背中を屈めると、桃井の顔を上に向かせて自分の顔を近付ける。少し顔を傾かせて、ゆっくりと、少しずつ距離を縮めていく。
そして互いの吐息がかかりそうなほど近くなって、桃井が反射的に目をぎゅうっと閉じた。


「…………」
その様子を見て、黄瀬の動きが止まった。


「なーんてね」
すると黄瀬は手をパッと離すと一歩下がり、おちゃらけた様子で笑みを浮かべる。
「びっくりした?冗談っスよ、冗談」
まるで何もなかったかのように、黄瀬は手をひらひらと横に振る。
「きーちゃんひどい!」
黄瀬のいい加減な態度を見て、桃井は怒鳴り声を上げる。けれども頬をふくらませているから怒っていてもあまり迫力がない。
桃井が本気で怒っているわけではないのも分かる。ただ機嫌を損ねているだけだ。
「えー、そうっスか?オレはイタズラの見本を見せただけっスよ。びっくりしたっしょ?」
「……悔しいけどびっくりした」
黄瀬の問いかけに、桃井は渋りながらもそう答える。本来なら桃井がイタズラを仕掛けるほうなのに、逆に出し抜かれて本当に悔しいのだろう。手を力強く握って黄瀬を恨めし気に睨んでいる。
その様子を見て、黄瀬は苦笑いをした。このままでは桃井の機嫌を損ねたままだ。なんとかしようと黄瀬は頭をひねり、一つの名案を思い付いた。


「桃っちみたいなしっかりしてて可愛い子がやると勘違いしちゃうから、こういうことは黒子っちとか本命にしかやっちゃダメっすよ?」
黒子の名前を出した途端、桃井の顔が見る見るうちに赤くなった。その色があまりに赤いから、頭から湯気が出ているんじゃないかと錯覚しそうになる。
窓から差し込む夕日と同じきれいな色を見て、なんだか微笑ましくなった。
「お詫びにこれあげる」
黄瀬がそう言って机の上に置いてあったカバンから取り出したのは、コンビニで買ってそのままにしていたピーチ味のグミだった。


「ハロウィンっスからね。桃っちにあげる」
「ありがとう」
桃井はグミを受け取ると、満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見ていると嬉しくなったが、同時に胸が苦しくなった。


桃井は優しいから誰にでも笑顔を向ける。けれども黒子に向けられる笑顔だけは違っていた。
恋する女の子の視線と笑顔。黄瀬が一番欲しいそれは、彼には決して向けられない。
桃井に寄せている思いが叶わないだろうことは重々理解している。けれども簡単には捨てられない。そのため黄瀬はいつもいつも困っていた。
だからたまには、自分が桃井のことを困らせてみたかった。ハロウィンにかこつけて、意地悪をしたくなったのだ。



「どういたしまして」
黄瀬は桃井と同じように笑った。まるで胸の痛みをごまかすかのように、笑ったのだ。
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