黒バス

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「今日の練習は終わり」
「お疲れ様でしたー!!」

 放課後。待ちに待った部活だったが、一軍の練習はやっぱりきつい。体中から汗は出てTシャツはびしょびしょだし、心臓の鼓動は速くなり息も上がる。けれどもそれ以上に楽しくて楽しくてしょうがない。
 片付けもあるがとりあえず少し休憩しようと壁際に行くとずるずると座り込む。床がひやりとしていて火照った体に気持ちいい。下を向いて体育館の床を見ていると、バッシュが目に入り影が下りたので誰だろうと顔を上げると青峰がいた。

「ほらよ」
「ありがとっス」

 スポーツドリンクが差し出されたので黄瀬は受け取る。スクイズボトルのふたを開けて一気に身体に流し込むと身体が幾分か楽になった気がした。青峰も黄瀬と同じようにスポーツドリンクを飲み、その様子を横眼で見ながら黄瀬は腕で額の汗をぬぐった。
 青峰に憧れて黄瀬はバスケ部に入部した。初めてプレイを見たときからすごいと思っていたけれど、入部して一緒に練習していくうちにますます憧れを抱くようになった。決してマネできない青峰独自のプレイ。その青峰に勝ちたくて練習後に1 on 1をするけれども勝てたことは一度もなかった。

「今日もこの後やるっスか?」
「おう」
「今日は絶対負けないっス!」
「お前それ毎回言ってんぞ」
「今日こそ勝つっス!なんか負ける気しないんスよ」
「まあ頑張れよ」
「うわ!」

 頭にいきなり何かを乗せられて視界が暗くなる。いきなりのことに頭の処理が追い付かず、とりあえず黄瀬はボトルを床に置きその何かを取る。元に戻った視界で隣を見ると青峰はもうおらず、コートの中央に向かって歩いているのが目に入った。

「それやるわ」

 黄瀬の方は全く見ずに青峰は手をひらひらと振る。
 頭にかぶされたものを改めて見ると、それは真新しいタオルだった。新品独特の手触りがするタオルに少し黄瀬の汗がにじんでいる。そしてよくよく見ると値札がついたままだった。

「なんなんスか…」

 そう言えば今日は朝から色々なものをもらった。黒子からは本、緑間からはぬいぐるみ、紫原からはお菓子、そして青峰からはタオル。
 今日ってなんかあったっけ、と思い考えてみるがなかなか思いつかない。

「きーちゃん」
「桃っち」

 考えに行き詰って頭を抱えていたら桃井がやって来た。桃井は黄瀬の隣に行ってしゃがみこむ。

「はい、これプレゼント。今からの時期ちょうどいいかなって」

 桃井から渡されたのはメンズ用の汗ふきシートと制汗剤だ。透明なビニール袋に入れられていて女の子らしくきれいにラッピングされていた。手先が不器用な桃井のことだからきっとお店で買った時にやってもらったものだろうが。
 これで何かをもらったのは今日で5回目だ。黒子、緑間、紫原、青峰に桃井。みんなバスケ部で特に仲がいい連中ばかりだ。物をもらうのは素直に嬉しいけどさすがに気になって仕方ないから、黄瀬は口を開いて桃井に尋ねることにした。

「桃っち、一個聞いていいっスか」
「なに?」
「今日みんながやたらと物くれるんスけど、オレ何かしたっスかね?」
「え?だって今日は……」






「お前の誕生日だろ」





「赤司っち……」

 赤司がこちらに歩いてきたから黄瀬は反射的に立ち上がる。後ろには黒子、緑間、紫原、青峰がいてキセキの世代が全員揃っている。周りを見ると片づけはもう終わっていて、ほかの部員はだれ一人いなかった。
 赤司に言われて黄瀬は初めて気がついた。今日は6月18日、黄瀬の誕生日だ。
 ということは朝からもらったものは全部誕生日プレゼントだったのかとようやく納得したけれど、毎年覚えていたのになんで今年に限って忘れていたのか不思議になる。

「やっぱり忘れてたみたいだね」
「そうみたいっス」

 本当に何で忘れてたのだろう。手をあごに添えてしばらく考えていたらようやく答えが出た。
 今年はファンの子からのプレゼントもメールもなかったからだ。去年までは学校に行けばファンの子たちからプレゼントをもらっていたから、それで誕生日を思い出したりしていた。けれども今年はそれが一切なく、放課後になって赤司に言われて初めて気付いたのだ。
 でもなんで女の子からプレゼントがなかったのだろう。よくよく考えれば朝からやけに視線を感じるとは思っていたが、まさか……。

 黄瀬は考え付いたことを確かめようとおそるおそる赤司の顔を見る。すると赤司は黄瀬の考えなんてお見通しだと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。

「まあ無理もないだろ。今まではいろんな子からもらってたみたいだけど、僕たちより先に祝おうとか生意気だから今年はちょっとみんなにお願いしたんだ」

 やっぱり。要するに黄瀬にプレゼントを上げたり、メールを送らないようにキセキのみんなが動いたのだ。
 まあこんなにがたいのいい連中に脅さ……お願いされたら、女子たちはびびって素直に言うことを聞いたのだろう。なんだかファンの子たちに申し訳なくなり、黄瀬は心の中で謝った。

「黄瀬君、誕生日おめでとうございます」
「おめでとうなのだよ」
「おめでとー」
「……おめでと」
「きーちゃんおめでとう!」


「ありがとっス」


 改めて言われるとなんだか恥ずかしくて、黄瀬は髪の毛を掻いてくしゃっと笑う。

「黄瀬」
「はいっス!」
「で、これが僕からのプレゼント」
「これって……」

 赤司が差し出したものを見て黄瀬は目を見張った。目の前の光景が信じられなくて黄瀬は何度もまばたきをする。


「受け取らないのかい?」
「……もらっていいんスか?」
「当り前だろう。お前にはもうそれだけの実力がある」

 高鳴る鼓動を耳にしながら、黄瀬はおそるおそる赤司に歩み寄る。一歩、また一歩と。
 距離にしてわずか数メートルしかないのにひどく長く感じられる。
 赤司の前にたどり着き、黄瀬はようやくそれを受け取った。


 それは帝光中バスケ部のユニフォーム。
 自分が今まで着ていた背番号16のユニフォームではなく、スタメンを表す背番号8のユニフォームが。

 受け取った時、やけにユニフォームが重く感じられた。まじまじと数字のもつ意味を考えていたら目頭が熱くなり慌てて左手で目元を覆う。


 長いようで短かった。ようやく夢中になれるものを見つけ、毎日毎日がむしゃらにプレイした。うまくなったと思ってもキセキの世代は圧倒的で追いつくことはなかなかできなかった。
 それがようやく認められたような気がして、どうしようもなく嬉しくなり胸が熱くなった。


「泣いてんのか、お前」
「泣いてない……っスよ!」

 反論するように叫び、頭を数回振って顔を上げる。すると視界に入った五人の姿がいつもより眩しく感じられ目を細めるが、黄瀬は無理矢理目をこじ開けた。

 これから自分は彼らの一員になるのに、眩しいなんて言ってられない。
 まだスタートラインに立ったばかりなのに、泣いてなんかいられない。
 ようやく彼らと本当の意味で一緒にプレイできるのに、弱音なんて吐いてられない。



「ようこそ、キセキの世代へ。……あと」






「お誕生日おめでとう」


 
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