デュラ

□空言人
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「何やってんだ俺……」
 寝室を後にし足早にマンションを出た静雄は、近くにあった電柱に頭をもたせ掛けて呟いた。静雄は今、自己嫌悪の渦にのまれていた。辺りを吹き抜ける夜風などまるで相手にならないような激しい渦に。
(ノミ蟲に『好き』って言う?有り得ねえ!あんなキスをする?有り得ねえ!!)
 自問を繰り返しては否定の言葉を紡ぎ出す。そうしているうちに自身への怒りが込み上げてきた。
(あん時はどうかしてたんだ!あいつが!!あいつが……!!)


『だからさ、シズちゃんの言うことは全部嘘って思うことにするよ』


「……あんなこと言うから」
 臨也の言葉を思い出すと静雄の憤怒は治まっていく。赤信号に合わせてスピードを緩めた、目前を通る乗用車のように。
 本当は理由なら分かっている。ただ心がそれを認めたくない、納得したくないだけ。
 初めのうちは臨也に言った通り、本当に処理が目的だった。ただ回数を重ねていくうちに、ヤっている時の臨也の声、表情、身体の動き、体温を感じるたびに、静雄の中で何かが変わっていった。
 けれども出会った時から殺し合いをしてきて、それが数年続いた今、そう簡単に臨也に対する憎しみは変わらない。
 今でも臨也を殺したいと思いつつ、それとは矛盾した気持ちを静雄は抱えている。この思いを知られたら確実に弱点になり、付け込む隙を与えることになる。だから知られるわけにはいかない。そう思って今日までこの関係を続けてきた。
 けれどもあの瞬間、臨也のあの言葉を聞いた途端、いつもは隠れている本心が顔を出した。静雄は臨也の言葉に甘え縋り、すべての行為を『嘘』にした。

 けれども臨也に言ったことは嘘ではなく、いつの間にか本当に――。

「チッ」
 静雄はそこまで考えると舌打ちをして顔をあげる。そして振り返り臨也の部屋の辺りを見上げた。
「……胸糞悪い」
 これ以上考えたくなくて、思考に蓋をしたくて。月が顔を出す夜空の下、静雄は歩き慣れた駅までの道のりを歩き始めた。

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