デュラ

□君の空言
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「シズちゃんってさ、嘘つきだよね」

 場所――新宿にある高級マンションのとある一室。時間――ちょうど日付が変わった頃。
 カーテンの隙間から顔を覗かす月を裸でベッドから見上げながら、臨也は隣で前開きのシャツを着て煙草を吸う静雄に向かって言った。臨也の言葉を聞いた途端、静雄はいかにも不機嫌そうな顔をして口から煙と言葉を吐き出す。
「あ?」
「だってさ、俺のこと殺す殺すって言いながら殺せてないし。しかも殺すって言ってる俺にこんなことまでしちゃってるしさ」
 臨也は上半身を起こし、前屈みになって膝の上に頭を乗せる。そして顔を静雄の方に傾け、上目遣いで彼を見る。
「何だかんだいって、俺のこと好きなのかなーって」
「んな訳ねーだろ、気色悪い。手前ならセックスの最中でくたばろうが関係ねえから、力抑えなくて済むんだよ。ただの処理だ」
 静雄は即答すると灰皿に煙草を押しつける。それに対し臨也は初めから答えを予測していたのか、やっぱりねと呟いて溜め息をつく。
「ヤってる時もノミ蟲とかひどい言葉しか吐かないし。シズちゃんの口は煙と暴言しか吐かないよね」
 そう言って横目でちらりと見ると、静雄は新たな煙草をもう口にしていた。このヘビースモーカーめ、と心中で悪態をつきつつも表情には一切出さず、臨也は体を起して静雄と目を合わせる。
「つまりシズちゃんは人間を傷付けるために存在してるってことだよ」
 副流煙で体を傷付け、暴言で心を傷付ける。そして彼の暴力は人間を傷付ける。彼の意に反して反射のように。
 静雄はしばらく黙り込むと肺の中の空気を煙と一緒に吐き出す。そして灰皿に吸いかけの煙草を押し付け、ベッド脇のナイトテーブルの上に置いた。するとそのまま臨也の顔を見ようともせずベッドから降りる。
「もう帰るの?」
 自分に背を向けたままの静雄に臨也は問いかける。けれども静雄は黙ったままで、彼から聞こえるのはベルトを締める金属の音。それでも臨也は変わらず話しかける。
「話を元に戻すとね、俺も人間なわけだしさ。やっぱ傷付くわけよ、シズちゃんの言葉で」
「手前みたいな人間弄んでるノミ蟲野郎がそれくらいで傷付くわけねーだろ」
 ようやく喋ったその言葉は鼻で笑いながらのもの。臨也からその表情は窺えないが、きっとあからさまに嫌悪した顔をしているだろう。
「ほら、またひどいこと言う。傷付いちゃうよ? 俺」
 そんなことを言いつつも本当は微塵も傷付いていない。だってシズちゃんからそんな言葉を吐かれるのは高校生からずっとで、日常茶飯事だから。だからいちいち傷付いてるわけにはいかないし、傷付くわけがない。けれどもほんの少し、ほんの少しだけ寂しさがわくのは事実で。だから――。
「だからさ、シズちゃんの言うことは全部嘘って思うことにするよ」
 俺はこんなにも君のことを好きなのに君はそれに応えてくれない。まあこの気持ちを気付かせるわけにはいかないけど。
 寂しいじゃない? 一方通行の思いなんて、報われない思いなんて。だからそれを少しでも軽減するために、俺はシズちゃんの言葉を全部嘘だと思おう。
「そうすれば少しはマシかなーなんて」
 臨也はそう言って身体を半回転させ頬杖をつく。臨也の視界の端に映った静雄は相変わらず背を向けたままで、蝶ネクタイをつけている所だった。
「……臨也」
「なに、シ……」
 しばしの静寂の後、静雄に名を呼ばれ臨也は振り返る。するといつの間にそこにいたのだろう。ベッドに片膝を乗せて、身を乗り出してきた静雄に臨也はたちまち唇を唇で塞がれた。
(ちょ……)
 開きかけていた唇の隙間から熱をもった舌が入り込み、舌を優しく搦め捕られる。
 いきなりの静雄の行為に臨也は戸惑った。なぜならそのキスはいつものような暴力的なソレではなく、まるで恋人同士のような甘いキス。
 気付いたら臨也は自分からも積極的に舌を搦めていた。舌が絡み合い、唾液が混じり合い、喉の奥から息が漏れる。心地よい感覚が身体を駆け巡り全身を支配していく。
 やがて静雄の唇が臨也から離れる。臨也が呼吸を整えながら静雄の瞳を見つめていると、静雄は臨也が予期せぬ言葉を吐き出した。
「好きだ」
(えっ……)
 その唐突な言葉に臨也は内心混乱した。今自分が聞いた言葉は幻聴か、それともただの聞き間違いか。自分の耳を思わず疑ってしまうが、幻聴にしてははっきり聞こえすぎだし、目と鼻の先にある静雄の口から発せられた言葉を聞き間違えたとは考えにくい。
 あれこれ思考を巡らしているうちに、静雄は臨也から離れベッドから降りる。そしてサングラスをかけながら臨也に向かって言葉を放つ。
「嘘なんだろ? 俺の言葉は」
「あ……うん」
 静雄の行動や言葉の意味を唐突に理解した臨也は、半ば呆然としながら頷いた。その頷きを確認すると、静雄は今度こそ寝室を後にする。静雄の閉めたドアの音で臨也はようやく我に返った。
「あー、もう何なのさ!」
 廊下の足音が聞こえなくなったところで、臨也はベッドに突っ伏しながら叫んだ。
 臨也は自分の思い通りになるように周囲を操ってきたから、昔からある程度のことは予測できた。それなのに今回の静雄の行動は全くの予想外だった。あの単細胞にしてやられ、いいようにされたのが気に入らない。
 けれども臨也はそれと同時に嬉しかった。静雄に全身が痺れるようなキスをされ、『好き』と言われた。例えそれらが”嘘”の行為だとしても、臨也は頬に帯びた熱を下げることが出来ずにいた。
「俺をからかうなんてシズちゃんのくせに生意気だ」


 本当に歪んでいる。例え嘘でも”好き”と言われたことがこんなに嬉しいなんて。

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