デュラ

□贈られた言葉
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「クソッ」
 日もすっかり暮れ闇が空を覆った池袋。その街の路地裏を走り回りながら静雄は苛立たしく舌打ちをする。
 立ち止まり辺りを見回す。頼りなげに揺れている街頭の明かりが視界を照らしていた。
「臨也のやつ、どこ行きやがった」
 白い息とともに吐かれた言葉は辺りに虚しくこだまする。静寂が支配し人の気配を感じられない。けれども近くに臨也がいる、と静雄はそう確信していた。
 ふいにカツン、と音がした。それは聞き慣れすぎて誰と判断するのに十分すぎる靴音。
「こっちか!」
 静雄は今来た道を逆走し曲がり角を右に曲がる。すると道路の突き当たりにある小さな三階建てのビルの外階段を駆け登る影が視界に入った。
 静雄が鼻をスンといわせ全速力でその影を追っていると、前を行く影の階段を鳴らす音が途切れ扉を開け閉めする音が耳に入る。どうやら三階の部屋に入ったらしく、静雄は口元に不敵に笑みを浮かべて一気に駆け上がる。
(もう逃がさねえ)
 三階に到着するとドアノブを握り一気に押す。
「臨也!」
 パン!!
 扉を開け放った途端、乾いた音が耳に届き目の前が色とりどりの色彩に染まる。
 色彩を手にとるとそれは紙テープで、静雄はそれを払いのける。そして部屋の中に入り扉を閉めると、クラッカー片手に微笑んでいる臨也を睨みつけた。
「何のつもりだ」
「何って誕生日のお祝いだよ?シズちゃん、今日誕生日じゃん」
 臨也の言葉に静雄は目を丸くする。確かに今日は静雄の誕生日で朝から色々な人にお祝いされた。先程だってトムさんとヴァローナとお祝いとして夕飯を食べに行くはずだったのに、臨也の臭いがしたから断って追いかけてきたのだ。
 臨也はケーキやご馳走の並んだテーブルに歩み寄りクラッカーを置いた。
「ああ、ちなみにこのビルは俺の取引先の事務所の空き部屋でね、ちょうどいいと思ってちょっと借りたんだ」
「何で」
「だって誕生日パーティーするって言っても来てくれないだろうから、わざわざここに連 れ込んだんじゃん」
 臨也の言葉に静雄は驚き、さっきの追いかけっこを思い出す。静雄を攻撃するでもなく、逃げるでもなく。気配を残してはいなくなり、いなくなっては気配を残す。そんな繰り返しが静雄をおびき出すためのもので。
 臨也の思惑通りに連れて来られた自分に苛立ちつつも、原因の臨也に更に苛立つ。両手の関節をボキボキと鳴らしながら静雄は臨也に近付く。そんな静雄から逃げるように、臨也はスルリと身軽に壁際に寄って静雄に背中を向けた。
「シズちゃんのこと嫌いだし、常日頃から殺したいと思ってるけど『平和島静雄』という存在がなかったら、俺の日常はこうも刺激的かつ熱情的にはならなかっただろう。だからこれはそのお礼さ。その化け物じみた力を持った『君』が生まれてきた今日この日のね」
 臨也の言葉を聞いて急に静雄が足を止め手の動きも止めた。臨也に嵌められたことばかりに気をとられていたが、臨也は“誕生日パーティー”と言ったし“お礼”とも言った。
 何はともあれ、臨也は静雄の誕生日を祝おうとしたのだ。その事実に気恥ずかしくなり、静雄は舌打ちしながら両手を下ろす。
 そして未だに後ろを向いている臨也を不審に思い、静雄は臨也に問い掛ける。
「後ろ向いて何してんだ?」
「ああ気にしないで。シズちゃんはケーキでも食べてなよ」
 静雄はテーブルに目線をやるが、テーブルには二人分の食器が用意されている。
「こっち向けよノミ蟲!」
「っ! ダメだって!」
 明らかに様子がおかしい臨也の左肩を掴みこっちを向かせる。そしたら臨也は顔を右腕で隠したが、静雄はそれを掴み臨也の表情をあらわにした。
「あっ……」
 静雄の視界に入った臨也は頬を赤らめていて、耳まで同じ色に染めていた。そして静雄にそれを見られ、慌てて顔を逸らす。
 静雄はそれを見てキョトンとしていたが、やがて声を出して笑い始めた。
「何笑ってんだよ!」
 顔を赤くしたまま臨也は静雄に向き直る。再び姿を現した赤に静雄は微笑ましくなり、笑うのを止めて目尻に溜まった涙を拭い去る。
「いや……悪い悪い。お前さ、実は俺のこと相当好きだろ」
「は? 何言ってんの。そんなわけないじゃん。勘違いしないでくれる?」
「そんなに顔赤くして、説得力ねえよ」
 静雄が臨也の頬に手を添えると温もりが伝わってくる。臨也はそれを払いのけ静雄を睨みつけた。ただし顔は赤いままだが。
「シズちゃん、誕生日だからって調子のらないでくれない」
「いーじゃねえか。誕生日なんだから」
 開き直った静雄の言葉に臨也は黙り込み下を向いた。悔しいのか少し歯ぎしりをしている。
「で、まだあの言葉聞いてねえんだけど」
「は!?」
 顔を上げ静雄を見返したその顔はもう大分赤みが消えていた。
「誕生日なんだから言ってくれてもいいんじゃね?」
 静雄に真正面から近距離で見つめられて臨也は思わず視線を右に逸らす。そしてしばらく黙り込んでいたが、沈黙に耐え兼ねてボソリと呟いた。
「……シズちゃんが好きだよ」
 その言葉を耳にすると静雄の顔が急激に赤みを帯びていき、今度は静雄が視線を逸らす。その態度を臨也は疑問に感じ慌てて静雄を問いただす。
「何でそこで君が顔赤くするの? 言えって言ったのそっちでしょ?」
「いや……俺はただ『誕生日おめでとう』って」
 人差し指で頬を掻きながら言った静雄の言葉に臨也の顔は再び赤くなっていく。
(俺のバカ!何勘違いしてるんだよ。普通そっちだろ!!)
 勘違いをした自分が恥ずかしくなり臨也はまた下を向く。そんな臨也の耳元に静雄は言葉を投げ掛ける。
「もう一回言えよ」
「やだ」
「言えよ!」
「嫌だってば!」
 二人とも段々声を張り上げていき、まるで小学生の喧嘩のようだ。どこかハラハラするようで、どこか微笑ましい言い争いを。
「シズちゃんのバーカ! 誰が言うか」
「てめっ…」
 ついにキレそうになった静雄の腕を引っ張り臨也は耳元に唇を寄せる。そして一言、たった一言囁いた。

「誕生日おめでとう」

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