うたプリ

□Happy Time
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トキヤは記念日とかをすごく大切にしてる。だから今年の俺の誕生日もすごい楽しみにしてた。その日は珍しく二人ともオフで一日中二人で過ごすって約束してたから。
それなのに……。


『すみません音也。大変申し訳ないんですが、急に仕事が入ってしまい明後日からロケで九州に行くことになりました』


『どんなに早くても帰って来るのは12日の夜になりそうです』


そう言われたのが四日前。そして今日は十一日。本当ならトキヤと過ごしているはずの誕生日を俺は朝から一人で過ごしていた。
ST☆RISHの他のメンバーは仕事があるらしく、朝からお祝いのメールや電話がきた。どれも嬉しかったけれど心にぽっかりと空いてしまった穴は塞がらない。
「あーあ」
唸りながら机にうつ伏せになるとヒヤリとした感触が頬に当たる。近くに置いてあった携帯電話の待ち受け画面に目を移すと、無情にも今日という日付はあと一時間しか残っていなかった。


もうすぐ終わっちゃうな……。結局トキヤから連絡ないし。


せめて連絡くらいはあるかと思って一日中待っていたけれどもそれすらなかった。仕事が忙しいのは分かってる。分かっているけど納得できない気持ちがあるのも確かだ。
同じ部屋で一緒に仕事をする事も多いけれど、やっぱりトキヤの方が忙しそうですれ違う日もあった。影ですっごい努力しているのを知っているし、そんなトキヤだからこそ好きになった。でもトキヤを仕事に取られているようで、どうしようもなくモヤモヤする。


俺って女々しいのかな…。


ただ一言、声が聞きたい。今日という記念すべき日に「おめでとう」って言ってもらいたかっただけなのに。


「トキヤのバカ……」
掴んでいた携帯電話を机に放り出すと、急に頭がボーッとしてまぶたが落ちてきた。そう言えば昨日は深夜まで起きていたし、今日は今日で朝からずっと気を張っていた。張り詰めていた緊張が解け一気に眠気が襲ってきた。あと夕飯後に缶ビールを呑んだのもまずかったのだろう。
そんな事をぼんやりと考えていると視界が暗転しそこで意識が途絶えた。






「…………や、……とや」
声が聞こえる。耳から入り身体の奥まで染み込む透き通った声が。
呼ばれているような気がして目を開けると、真っ暗だった視界が急に入ってきた光のせいで白く霞む。けれどもそれは完全な白ではなく、ぼんやりと影を写していた。
「音也」
影が俺の名前を呼び、視界がだんだんはっきりする。影が輪郭をもち、その正体がトキヤだとようやく気付いた。
どうしてトキヤがここにいるんだろう。だってまだ仕事中でこんな所にいるはずがない。


ああ、そうか。これは夢か。トキヤに会いたいっていう俺の願望が夢の中に現れたんだ。


「トキヤー」
名前を呼ぶと俺はトキヤに抱き着いた。いつもと同じ感触。温もりが肌から伝わり心まで暖かくなるようだった。
「俺ね、やっぱり寂しかったんだ」
どうせ夢の中なのだから何を言っても大丈夫だろう。胸の中にため込んできた気持ちを、夢の中のトキヤにぶつけても。
「仕事だから仕方ないって分かってても、せっかくの誕生日に一緒に過ごせなくて嫌だった。でも夢の中でトキヤに会えて、俺すっごい嬉しい!」
俺が笑いかけるとトキヤは微笑んでくれた。出会ったばかりは俺に笑いかけてなんかくれなかった。でも七海やのみんなと過ごしていく内に雰囲気が柔らかくなった。いつもの真面目な表情も好きだけど俺に笑いかけてくれる今の表情が一番好きだ。
トキヤは両手を俺の頬に添え顔をゆっくり近付けてくる。その動作を受け俺は自然に目を閉じたが――。
「痛ててててててて!」
添えられた両手で頬を思いっきりつねられ、あまりの痛さに俺は叫んだ。おかげでぼんやりとしていた意識が段々はっきりとする。
「何が夢ですか。寝ぼけるのもいい加減にして下さい」
目を開けてみると目の前にいるトキヤは腕を組み溜め息交じりにそう言った。
「えーっと……」
しばらく思考が停止する。辺りを見回すとここは俺の部屋で、壁に掛けられた時計を見ると23時37分で。そしてつねられた頬はひりひりする。


ということは目の前にいるトキヤは……。


衝撃の事実に気付き、俺はどうしようもなく焦った。つまりここにいるのは本物のトキヤで、そのトキヤに俺は胸の内を盛大に暴露してしまった。
「ごめん!さっきの嘘!冗談だから気にしないで!」
「そんなわけないでしょう」
否定しようと思い切り振った両腕を掴まれてしまう。こんなことする前に逃げればよかった。恥ずかしくてトキヤと顔を合わせられない。
俯いて黙っていたけれど、トキヤも何も言わない。沈黙に耐えきれなくなって俺は口を開いた。
「えーっと、帰って来るの明日の夜になるんじゃ……」
「無理を言って大急ぎで終わらせてきました。どうしても今日中にあなたに会いたくて」
「だったら連絡の一つくらい入れてくれたって」
顔を上げて見たトキヤの顔はどこか困ったような表情をしていた。
「驚かせたかったんです、あなたを。ですが寂しい思いをさせてしまったようですね」
「それはもういいから!!」
どうしよう、本気で恥ずかしい。今日歳を重ねて21歳になったばかりだというのに、子供っぽいところを見せてしまった。
「どうしても直接言いたかったんですよ」
トキヤの手が腕から離れ、代わりに両手を握られる。トキヤの手は暖かくてすごく気持ちよかった。


「誕生日おめでとうございます、音也」


その言葉を聞いた途端、耳朶が震え身体が高揚した。やっと聞けたその言葉は、俺の身体の奥に深く入り込んでいく。


この一言がどうしても今日聞きたかった。それが叶わないと諦めていたのに、ここにきて不意打ちを食らった。
深く息を吐くと一気に力が抜けて俺はトキヤに寄りかかった。
「俺、トキヤに一生敵わない気がする」
「何を今更」
トキヤの声はいつもより少し嬉しそうだった。




***



「乾杯ー!」
数日後。メンバー全員のオフが重なる日があり、俺の誕生日会が開かれた。完全個室だから気にせずに騒げるご用達のお店で。
「あーあ、これでしばらくは俺が一番下か」
「と言っても二ヶ月後には一十木と同じ21歳になるだろう。次も皆の予定が合えばいいが」
「次はおチビちゃんとシノミーか。これは盛大に祝わないとね」
「うわー、僕すっごい楽しみにしてます。ねー、翔ちゃん!!」
「だから抱きつくなって!!」
ST☆RISHのみんなで集まるのはすごく楽しい。いつもばか騒ぎになり、それをトキヤが仲裁するのを見るのも好きだ。みんな見た目は変わったけれど、中身はあんまり変わらないみたいで、学園時代を思い出させてくれる。あの頃と変わらない空気に浸れて、それがどうしようもなく心地いい。
「おっ、これ新しい時計か?」
那月の所から逃げてきた翔が俺の隣に座る。
「そう。トキヤにもらったんだー」
あの後「誕生日プレゼントです」ってトキヤから貰ったのは、赤を基調とした腕時計だった。カジュアルなデザインで俺の普段の服装に合うからすごく気に入っている。
「あなたは時間にルーズですからね」
トキヤは俺の右隣で黙々と食事をしていた。俺のことを考えてくれて贈ってくれたであろうプレゼントがすごく嬉しくて、自然に笑みがこぼれる。
「これ貰ったからもう大丈夫!」
「口先だけじゃないと良いですけどね」
「大丈夫だって」
「相変わらず仲がいいねえ」
「でしょー」
「どこがですか、レン。あなたの目は節穴ですか」
トキヤの言葉を受けてレンはどこか楽しそうにほほ笑み、口にしていたワイングラスをテーブルに置いた。
「イッキ、いい事教えてあげようか」
「なに、なに?」
「イッキの誕生日の日にイッチーから連絡が来てね。イッキが寂しそうにしてるだろうから連絡を入れてくれって」


へ?


「レン、それは内緒だと……!」
「そうだっけ?」
「俺のとこにも連絡あったぞ」
「うむ、俺もだ」
「僕もです」
次々と手を挙げたメンバーを見て、トキヤの顔は次第に赤くなった。そして俺と目が合ったけれどすぐに逸らされた。
あの日本当は二人で過ごすはずだったけれどもトキヤに急に仕事が入り駄目になってしまった。他のメンバーもそれぞれ仕事があって、誰かと過ごすこともできなかった。だから気晴らしにギターを弾いたり、DVDを見たりしてた。


急に仕事が入って一人で過ごすことになった俺のために?



ああ、もう本当に。どうしようもなく俺は―。



「トキヤ大好きー!」
「バカ、離れなさい!」
トキヤに断られたけど、俺はトキヤに抱きついたまま離れなかった。



大切にしていきたい。この貰った腕時計も、トキヤの思いも。


そしてこれから過ごす君との時間も――。

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