うたプリ

□指先に
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「トキヤって何でも出来るんだね」
自室のソファで隣に座っている音也が手元を覗きこんで言った。机には裁縫セットが広げられていて、裁縫針を片手に私は取れてしまったボタンを縫い付けていた。
「これくらい出来て当然です。全く仮にもアイドルなのだから怪我には気をつけて下さい」
「はーい」
間延びした返事をしたので私は溜め息をつく。私の忠告などこの男はどうせ本気にしないのだろう。
私が持っている服は自分の物ではなく音也の物だ。ステージ衣装のボタンが取れてしまい自分で直そうとしたが上手くいかず寿さんに泣きついた。しかし寿さんも寿さんでそんなことが出来るはずもなく、見るに見兼ねて私が代わりにやっている。
ボタンを縫い付けながら音也の手元に目を移すと、何度も針で指を刺してしまったらしくあちこち傷だらけだ。それではギターの弦を抑えるのに痛いだろう。出来ないなら出来ないで最初から人に頼ればいい物を。そしたら無駄に傷を作らなくてすんだのに。
私の心配をよそに音也は呑気に鼻歌を歌ったり、私が注いだカフェオレを飲んだりしている。
「まあ……」
針を針刺しに刺して衣装を机の上に置くと音也の左手首を掴む。間近で見ると細かい傷がはっきりと見てとれる。指をそのまま口元に寄せると一つ一つ確かめるようにゆっくりと舌を這わせた。
「ちょっ…トキヤ!?」
いきなりの行動にパニックしたらしく音也は声を上げた。けれどもそんな声は無視して次々と傷を舐めていく。まずは人差し指、続いて中指。
「……っ」
一つ一つ丁寧に傷跡をなぞっていく。
全部の傷を舐め終わり手首を離すと音也は慌てて自分の胸元に手首を寄せる。改めて音也の顔を見ると真っ赤で湯気が出そうな勢いだった。それがかわいらしくて思わず口元が緩みそうになるが慌てて引き締めた。
「怪我したら私が消毒してあげますけどね」
そう言って衣装と針を取りまた作業に戻る。後は仕上げだけだからもうすぐ終わるはずだ。そうやって何事もなかったかのように黙々とボタンを直していると音也が恐る恐る尋ねてきた。
「もしかして怒ってる…?」
「当たり前です、こんなにボロボロにして。それに……」
「それに?」
音也が顔を覗き込んできたが目線を合わせずに手元に集中する。そして糸切りはさみを取り出して結び終わった糸を切り、直し終わったばかりの衣装を音也の頭に被せた。
「何でもありません。それより終わりましたよ」
「うわー、トキヤありがとう!」
音也の声を耳にしながら、机に置いてあった空のマグカップを二つ手にとって台所に向かう。蛇口を捻って水を出しスポンジに洗剤を染み込ませる。
水がシンクに届き排水溝に流れていく。その様子を見ながら水音に紛れるだろうと思い、大きく溜め息をついた。


私より先に、寿さんに頼ったのはいただけませんね。

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