黒バス

□Re;solution
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 静寂が音を包む空間。記憶にある活気付いた場とは全く違った空気を帯びた第一体育館の壁に寄りかかり、虹村修造はゆっくりと息を吐いた。
 外は快晴だというのに、体育館の中は少し薄暗いし空気もひんやりしている。
 毎日のように足しげく通った体育館は、バスケ部を引退してからは授業でしか訪れる事がなくなってしまった。久しぶりにここに来てみたけれど、わずかに香る独特の匂いは以前と一緒だった。普段は意識しなかったけれど、意外と覚えている物だと自分で感心する。


「卒業おめでとうございます」
ぼうっと天井を眺めていたら声が聞こえてきたのでそちらの方に顔を向けると、入口から顔を覗かす赤司の姿が目に入った。
「なんだ、お前か」
 赤司はそのまま体育館の中に入ると、虹村の隣に並んで同じように壁に寄りかかる。
 以前は主将、副主将という立場で頻繁に話をしていたが、引退してからはめっきり話さなくなった。こうして会話するどころか、姿を見るのも懐かしい。ああでも、先程の卒業式で送辞を読んでいた赤司の姿が浮かび、そう久し振りってわけでもないことを思い出した。


「で、どうした? 何か用か?」
「お世話になった先輩が卒業されるのでご挨拶にでも」
「お前だけか? 他の連中はどうした?」
「さあ、みんなどこかでさぼってるんじゃないですか?」
「ったく先輩が卒業するってのに挨拶もなしか、アイツら」
 虹村は舌打ちをすると、持っていた丸筒を振って左掌を叩いていく。バスケ部に籍を置いていた時にかなりきつくシメたはずだったが、どうやら全体的に甘かったらしい。挨拶一つ出来ないなんて不義理な後輩を持ったものだ。その点赤司は律儀だし社交的だ。頼もしすぎる後輩を持って逆に不安になる日もあったが、今でもまあ良い思い出だ。


 そんな記憶にある赤司を思い出しつつ、隣にいる赤司を見ていると虹村は違和感を覚えた。
 見た目は特にあの頃と変わっていない。成長期が訪れる年頃であるにもかかわらず特に伸びていない背丈に、きっちり着こなされた制服。目がくらむような朱色の髪に、同じ色をした一対の紅玉。そのどれも変わっていないように見えるけれど、なぜか虹村は引っかかりを覚えた。
 近くで見て気が付いたけれど、そう言えば左目が少しだけ黄みを帯びている。けれども違和感の正体はそこではないと結論付けると、虹村は率直に赤司に尋ねた。


「なんかお前変わったか?」
「そうですか?」
「上手く言えねえけどフンイキっつうか、オーラっつうか、とりあえずなんか違う」
「曖昧で良く分からないんですが」
「オレだって分っかんねえんだよ!!」
 赤司が可笑しそうに笑うから、苛立ちと恥ずかしさとない交ぜになって虹村は頬を赤くする。年下のくせに生意気だと心の中で悪態をつくと、ブレザーの裾で口元を覆った。


「……さすがですね」
「なんか言ったか?」
 赤司の言葉が聞き取れなくて聞き返したら、「いえ、別に」と言葉を返すだけで瞳を閉じて俯いた。こうなった以上赤司は梃子でも動かない。意外と頑固な所もあるということは、一緒に過ごした一年半弱で学習済みだ。気にはなったが、虹村はため息をつくとわざとらしく話題を逸らした。
「そう言えばバスケ部の方はどうだ? 上手くいってるか」
「順調ですよ。練習試合もよくやりますけど負け知らずです」
 赤司のよどみない返答を聞くと、虹村はため息交じりに「そうか」と呟く。


 引退はしたものの、後輩の行方が気になるのは先輩の性というものだ。だから真田監督に会う機会があった時こっそり様子を聞いてみたのだけれど、どうも歯切れが悪かった。重い口を開いてようやく話してくれたのは、今度練習試合があるから一度見に行ってみたらどうだということだった。
 ちょうど会場が帝光だったから、観客に紛れてこっそり見に行ったが試合を見て驚愕した。全中の時とは比べ物にならないくらい、彼らは進化していたのだ。相手は決して弱小校ではなかったけれど、文字通り歯が立たないまでにそこには圧倒的な力の差があった。
 それとプレイスタイルも今までと異なっていた。マークが外れたらパスをするといったようにプレイが単調になっていたし、個人技が目立つようになっていた。
 けれどもそれ以上に虹村が気になったのは、チームの雰囲気だ。プレイしている選手も、ベンチで控えているメンバーも、応援している部員も、勝っているというのに誰一人として楽しそうにしている者はいなかった。
 面白いチームになるだろうと思っていたかつての姿は面影をなくし、全く別のチームに成り果てていた。


「噂はいろいろ聞いてるが、好き勝手やってるようだな」
「好き勝手だなんてとんだ誤解ですよ。全て合意の上です。それに監督も納得してくれています」
 納得しているのではなく、監督ですらどうにか出来ないまでになってしまったのではないか。そう言おうと思ったけれども、虹村は口から出かかった意見を飲みこんだ。
 在籍しているならまだしも引退した身である自分がどうこう言える立場にはない。それに納得しているかどうかは分からないけれど監督が口出ししない以上、チームの方針に部外者である虹村に出来ることなど何もないだろう。
 けれどもあの試合の光景を見て、熱しやすい性格である自分が苛立ったのも確かだ。だから飲みこんだ言葉の代わりに別の言葉を用意すると、語尾を荒げて宣言する。


「オレはもう引退した身だからあれこれ言うつもりはねえが、これだけは言っとく」
 虹村は上半身を半分ひねり、鋭い目つきで赤司を射る。すると丸みを帯びた紅玉と黄玉が対抗するように尖っていった。
 それを受けていい度胸だと思ったのと同時に、後輩のくせに生意気だとも思った。けれどもこれくらいの気概がなければ主将など務まらないから、まあ許してやろう。
 でもこれだけは言わなければならないと感じ、虹村は大きく息を吸って吐き出した。



「オレらがいた頃のチームの方が断然好きだった」



 一息に思いの丈をぶつけると、赤司は視線の鋭さを変えずに口元だけ緩める。
「意見として頭の片隅にでも入れておきます」
「そりゃどーも」


 
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