黒バス

□もしもプール練に乱入してきたのが桃井じゃなくて黄瀬だったら
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 六月某日。I・H都予選決勝リーグを間近に控えた誠凛高校バスケ部は相田スポーツジムでプール練をしていた。
 水中は浮力があるため身体を傷めにくいが、同時に抵抗も大きいため実は超キツい。そんなハードな練習に黒子がついていけるはずもなく、今日も例外なく倒れていた。
「黒子寝んなぁ!!」
 水に浮かんだまま倒れている黒子に日向が声をかけるが、動く気配が全くない。水面に気泡がぶくぶくと浮かんでくるが、それも段々と量が少なくなっていく。
「おい、黒子だいじょ……」



「黒子っちーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」



 伊月が浮かんだままの黒子を心配して声をかけようとしたら、一際大きな声がプール内に響き渡り、部員たちはその煩さに思わず耳を塞いだ。どこから声が聞こえてくるのかと声がした方向に目を向けると、地響きと共にプールサイドを駆け抜ける長身の男の姿が目に入った。
 プールにふさわしく海パンを履いた彼は、瞬く間に部員たちの近くまで走り寄る。そして地面を片足で蹴り上げると、勢いよくプールに飛び込んだ。
 間近で水飛沫が飛び、水面がゆらゆらと大きく揺れて身体に襲いかかってくる。腕で顔を覆って飛んでくる飛沫を防ごうとしたが、全員見事に被害を負ってしまう。
 揺れが収まったので腕を下ろして彼が飛び込んだ辺りを見ると、目を閉じて微動だにしない黒子を両腕で抱きかかえている黄瀬の姿が映った。
 黄瀬は濡れて額に張り付いた前髪も気にせずに、心配そうに黒子の顔を覗きこむ。


「黒子っち大丈夫っスか!? 今オレが人口呼吸を……」
「しなくていいです」
 いきなり黒子が目を開き、黄瀬の腹部にイグナイトをかまして近付いてくる顔を防ぐ。黄瀬はうめき声を上げて、前屈みになって殴られた腹部の痛みを必死に堪えている。それでもお姫様だっこで抱えた黒子を離そうとはしないから大したものだ。
「黒子っち……、痛い……」
「痛くしてるんだから当然です。それより早く下ろしてください」
 黄瀬は返事をすると、膝を曲げて渋々と黒子を離して水中へ戻す。黒子を下ろし終わると黄瀬は背筋をピンと戻して隣に寄り添ったが、眉は見事に八の字に曲がっていた。
「ところで黄瀬君」
「何スか?」
「どうして君がここにいるんですか」
 ようやく地に足がついた黒子は、黄瀬以外の全員が感じていた疑問を代表して口に出す。誠凛メンバーが固唾を飲んで見守る中、黄瀬は額に張り付いた前髪を掻き上げて笑顔を浮かべる。思わず写真を撮りたくなるようなキレイさに黒子は惚れ惚れしたが、頭を振って打ち消した。


「桃っちに聞いたら、誠凛は今日ここで練習するって聞いたんで来ちゃったっス」
「『来ちゃったっス』じゃないでしょう。練習はどうしたんです」
「今日海常は休みだからちょっと様子を見に。あとプール練って面白そうだから参加して見たいなーって」
 ダメっスか?と黄瀬が小首を傾げたので一瞬絆されそうになったが、黒子はまた首を振って頭に浮かんだ言葉を消していく。黄瀬は一度甘やかすとつけあがるからダメだ。そのおかげで帝光時代に見た痛い目は数知れない。
 それに黒子の一存では決められないため、黒子はプールサイドに立っているリコに目を向けた。


「どうしましょうカントク」
「どうするもこうするも、要するにウチの偵察ってことでしょ? あんまり歓迎は出来ないわね」
「そこを何とかお願いします!」
 黄瀬はそう言って両手を顔の前で合わせると、リコに向かって頭を下げる。
「まあ別にいいけどプール練もう終わりよ?」
その必死な姿にリコは段々と感情が傾いていくが、次の瞬間には容赦ない言葉を突き付ける。
「ええ!?」
 黄瀬は大声を上げると、合わせた両手の上から顔を覗かす。口を開けて茫然としている姿は見ていて少しかわいそうになってきたので、黒子は黄瀬の右肩を軽く叩いた。
「黄瀬君ドンマイです」
「せっかく来たのに……」
 黄瀬は額が水面にくっつきそうなほど項垂れると、そのままの姿勢でプールの縁へと向かい、プールサイドに両手をついて床を蹴って身体を浮かび上がらせる。無駄のない動きで片足ずつ水面から脱却し、両足を地に着けると黄瀬は両腕を上に伸ばして身体をほぐす。水滴が重力に従って肌を流れていき、足元に少しずつ溜まっていった。


「ちょい待ち、黄瀬君」
「なんでしょう」
「いいからそこ立って!」
「はいっス!!」
 リコの怒号に驚いて、黄瀬は反射的に背筋を正して気を付けの体勢を取る。そのまま立ち尽くした黄瀬の目の前にリコは立つと、頭の先からゆっくりと視線を下におろしていく。黄瀬の体をなめるように観察していくうちに、段々と目が見開かれていき、唇の端からは涎が少しずつ垂れていく。目前で繰り広げられる異様な光景に、黄瀬の背筋に悪寒が走った。
「黒子っち……、オレ身の危険を感じるんスけど」
 なんとか首だけ回して、プールから上がってきた黒子に視線をやる。けれども黒子はいたって冷静で表情一つ変えずに黄瀬の隣にやって来る。
「気にしないでください。カントクは裸を見るのが趣味なんです」
「それヤバくないスか!?」
「ちょっと黒子君! 誤解されるような言い方しないでよ!!」
 リコは慌てて口元を右手で拭うと、両腕を振りおろして黄瀬から黒子へと視線を移す。
「カントクは体格を見れば身体能力が全部分かるんですよ」
「ってことはオレ今データ取られてるんスか」
「まあそういうことです」
 大人しくそのままでいてくださいと黒子に釘を刺され、黄瀬はしばらく不動の姿勢を取り続けた。


 
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