黒バス

□六月の熱
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 目覚まし時計が鳴り、黄瀬涼太の意識は覚醒する。布団の中から腕を伸ばしてベッドスタンドに置いてある目覚まし時計のアラームを止めると、腕をだらりと下ろしてゆっくりと目を開けた。
 カーテンの隙間から薄く外の明るさが漏れてきて、部屋全体がうっすらと明るくなっている。ぼやけた視界が段々とはっきりとしていき、瞬きを何度かするとゆっくりと上半身を起こした。
 息を吸いながら両腕を上に伸ばして、寝ている間に凝り固まった身体を少しずつほぐしていく。限界まで伸ばすとそのまま数秒止めて、息を吐きながらゆっくりと腕を下した。

 
 目覚まし時計の隣に置いてある携帯電話のアラームが鳴ったので、手にとってアラームを切る。そしてホーム画面に戻ると、数十件のメール受信のお知らせが届いていたので黄瀬はため息をついた。気だるそうに受信メールの一覧を開くと、女の子の名前が大量に並んでいた。


 今日は黄瀬の誕生日で、名前も覚えていない彼女たちは日付が変わった直後に律義にお祝いメールを送ってくる。それが溜まりに溜まっていった結果がこれなのだが、まだ早朝だと言うのに今日一日のことを考えると気が重くなる。誕生日をお祝いしてもらうのは素直に嬉しいのだが、数が多くなるのも困りものだ。


 ボタンを押してメールの受信一覧を最後までさかのぼったが、一番お祝いしてほしい人物の名前を発見することが出来ず、黄瀬はため息をついた。
 黒子も朝早いし日付が変わる前に寝ているだろうとは予想していたが、実際にメールが来ていないとやはり悲しくなる。
 一応付き合っている恋人同士なのだからメールの一つや二つ送ってほしい。けれども今はインターハイの都予選で忙しい時期だから仕方ないとも思う。


 黄瀬は髪の毛をかきながらベッドから下りると、階下へ向かって部屋を後にした。





「涼太―。ちょっと待った」
 朝のジョギングを終わらせ、朝食も食べ、身支度も整い、朝練に向けて家を出ようと玄関で靴を履いていたら下の姉に呼び止められた。ローファーに両足をきちんとおさめて振り返ると、階段から下りてくる姿が目に入った。寝起きなのかルームウェアを着ており、ゆるくパーマのかかった髪の毛はボサボサだ。


「なんスか」
「アンタ今日何時に帰ってくるの」
 姉は欠伸をした口を片手で押えながら話すから聞き取りにくい。それでも何とか聞き取った黄瀬は答えを返す。
「多分9時過ぎだと思うっスけど」
「遅い! 今日ケーキあるんだからもっと早く帰って来てよ」
「この年にもなってまだケーキ食べるんスか」
 いくら学生とはいえ男の子なんだから、いい加減にいらないと黄瀬は感じてしまう。それに高校生にもなって誕生日会みたいなのはやるのはどうなんだろうか。
 黄瀬は頭をかいて面倒くさそうにため息をついた。


「アンタじゃなくて私とお姉ちゃんが食べたいの。とにかく7時までに帰ってきなさい」
「えー! 7時とか練習あるんだから無理に決まって……」

 ダアン!!

 言葉を続けようとしたら、姉の足が階段の一番下につく音でかき消された。黄瀬は反射的にたじろいでしまい、玄関床のタイルとローファーが擦れ合う音がする。姉はそのままの調子で数歩進み、黄瀬の目の前に仁王立ちで向かい合った。
「分かった?」
「……ハイ」
 両腕に腰を当てて下から凄まれて、黄瀬は冷や汗をかきながらも何とか返事をした。
 昔から姉に命令されることが多く、それに逆らおうものなら年下だろうと容赦なく拳や足が飛んできた。それが子供の黄瀬にとっては凄まじい痛みで、その度に声を上げて泣いていた。その内痛い思いをする位なら逆らわない方がいいと学び、反抗の声は上げつつもなんだかんだ言って基本は姉の言うとおりにしてきた。幼い頃についた習性は、どうやらこの年になっても消えないらしい。


 姉は黄瀬の返事を聞くと満足そうに頷き、顔を離していく。その様子を受けて、黄瀬はほっと胸を撫で下ろした。
「っていうかオレ抜きで先に食べればいいじゃないっスか」
「アンタの誕生日なのに主役がいなくてどうするのよ。一年に一回なんだから素直に祝われてなさい」
 そう言って姉は右手を伸ばして黄瀬の頭を撫でてくる。黄瀬の手より一回りも二回りも小さな手が優しく包み込んでくる感触にこそばゆくなる。
 子供扱いはいい加減に止めてほしいけれど、こういう時の姉にはなぜか不思議と逆らえなかった。


「もう行かないと遅刻するんスけど」
「よしっ! じゃあ行って来い!!」
 ようやく頭から手が離れたと思ったら、今度はその手で左肩を思いっきり叩かれた。気合を入れてくれたつもりだろうけれど、力の入れすぎで痛みに眉をひそめた。
 身内の贔屓目なしに見ても姉は美人だけれど、それは黙っていればだ。口を開けば暴言は出るし、ついでに手も足も出る。こんなんで嫁の貰い手がいるのだろうかと黄瀬は心配になってしまう。
 そんな事を考えていたら時間がギリギリになっている事に気が付いた。左腕に付けた腕時計は刻一刻と針を進めていく。
「じゃあ行ってきます」
 黄瀬はそう言うと、スポーツバッグを肩に下げて勢いよく玄関から飛び出した。


 
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