黒バス

□君の右手
1ページ/1ページ



 ゴールデンウィークまっただ中の五月四日、今吉と諏佐は二人してショッピングモールに買い物に来ていた。まだ午前中にも関わらず休日ということもあり、人が多くベビーカーをつれた家族連れや幼児が周りをよく見ないで歩きまわるものだから二人は足元をよく見て歩かなければならなかった。


 学部は違うものの同じ大学に進学した二人は、こうして休みになると約束をしてよく会っている。今日はゴールデンウィークだというにも関わらず練習をしている後輩たちの様子を見に行くついでに、桃井の誕生日を祝おうとプレゼントを買いに来た。


「やっぱタオルとか文房具とか実用的な物の方がいいんやろか」
 適当にぶらついていたら運よく雑貨屋の前に来たので、今吉は立ち止まって通りに面している棚を物色する。棚にはハンドタオルやノートなど普段使い出来そうな品物がピックアップされて並んでいる。他にはクッションなども置いてあるが、さすがにこれはかさばって邪魔だから却下だ。
 どれもこれもワンポイントやドット柄といったシンプルな模様だからこれなら桃井も使いやすそうだと思う。


「いや、形に残る物はダメだろ」
 手近にあったシャーペンを取って値段を確かめていたら、諏佐が隣にやって来て今吉の提案を却下する。あまりにもきっぱりと言うものだから今吉はその理由が気になってしまった。


「なんでや?」
「だって同性ならまだしも、元先輩とはいえ異性からそういうの貰ったら桃井だって困るだろ。だからお菓子とか食べ物のほうがいいんじゃないか?」
 諏佐がそう言うと、店にいる客の笑い声、店員の接客する声やBGMがやけにはっきり聞こえてくる。気になった諏佐が横を向くと、今吉はシャーペン片手にフリーズしていた。


「……どうした」
「いや、女の子の気持ちよう理解しとるなーて。それなのになんでモテないのか不思議で不思議で……。あかん、悲しくて涙出てきたわ」
 今吉がそう言ってわざとらしく目頭を押さえたので、諏佐はため息をつく。人をおちょくったりからかったりするようなことが趣味の奴だからこんなこといちいち気にしていられない。
 けれどもムカついたのは本当のことなので、諏佐は腹いせに今吉からシャーペンを奪い取ると棚に戻した。


「余計なお世話だ。それにモテたいとか思ったことないし」
「またまた〜。そんなこと言って実は思っとるんやろ? いいんやで〜、別に遠慮せんでも」
 意地の悪い笑みを浮かべると、今吉は諏佐の背中をばしばしと遠慮なく叩く。いきなり背中に刺激が走るものだから、諏佐は驚いて声を上げてしまう。
 ただでさえ女の子向けの店なのに、図体のデカイ男二人が店の前で騒いでいるものだから目立って仕方ない。店の中にいる彼女たちはそんな二人にちらっと目線をやるが、すぐに興味を失くしたのか自分たちの世界に入り込んでいく。


 諏佐は目尻に浮かんだ涙を左手で拭うとため息をついた。




「いいんだよ」




「もう手のかかるやつが一人いるんで十分だ」
 諏佐はそう言うと、ゆっくりと右腕を上げて今吉の頭をくしゃっと撫でる。その手つきはまるで優しくて大切な宝物に触れるかのよう。
 大きくて骨張っているからお世辞にも感触が良いとは言えないけれど、不思議と心地よくいつまでもその温もりに包まれていたいと思ってしまう。けれども人目を気にしてか触れたのは本当に一瞬で、すぐに諏佐の手は今吉から離れていってしまった。


「ほら行くぞ」
 余韻に浸って呆けていたら、諏佐の声が降って来て我に返る。今吉が顔を上げると諏佐はもう背を向けていて、一人さっさと歩き始めていた。顔は見えないけれど僅かに覗く耳たぶが少し赤くなっている。



「ホンマ敵わんなー」
 今吉は撫でられた部分を触って静かにそう呟いた。


 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ